幽霊の噂

「青葉ちゃん」

「えっ、宮子ちゃん?」


 振り返った青葉ちゃんは、驚いたように目を見開いている。

 無理もないか。あたしの方から話しかけた事なんて無いもの。まあ青葉ちゃんに限らず、誰かに声をかけることはほとんど無いんだけど。


 珍しいがっているのか青葉ちゃんだけでなく、両サイドにいた二人も足を止めて振り返ってるけど、今はそんなことどうでもいいか。


「ねえ、さっき校長先生が言っていたサトヤマタツキ君って、どんな子なの?」

「サトヤマタツキ? ああ、去年の今くらいに、交通事故で死んじゃった子ね。何、もしかして宮子ちゃん、知り合いだったの?」

「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと気になって。知ってることがあったら教えてくれない?」

「いいけど。あ、でもあたしもよくは知らないし。けど、お姉ちゃんなら知ってるかも。去年同じクラスだったはずだから」

「青葉ちゃんって、お姉ちゃんがいるの?」

「うん。あたしよりも一つ上」


 一つ上。とするとそのお姉ちゃんと同じクラスだったというタツキ君も、あたしより一つ歳上と言うことになる。

 けれど達希君は同い年。なんだ、やっぱり別人じゃない。ほっと息をつこうとしたけれど……。


 待って。去年亡くなったのなら、当時のタツキ君は4年生。今のあたしと同い歳になるよね。


「ねえ、もしかしてタツキ君のいたクラスって、もしかしたてあたし達がいる4組なの?」

「え、知ってたの? ごめんね、言ったら印象悪くなるって思って皆黙っていたんだけど、実はうちの教室、亡くなった人のいる教室なんだ。意地悪して黙ってた訳じゃないんだよ。って、大丈夫? 顔、真っ青だよ」


 青葉ちゃんが心配そうに見つめているけど、話の後半をまともに聞くことすらできなかった。

 前に達希君も4組だって言っていた。その時は別の学校の4年4組なんだろうと思っていたけど、もしそうじゃなかったら。


 タツキ君というのがあたしの知っている達希君で、亡くなった時から時間が止まっているんだとしたら。指輪を探している達希君は、まさか幽霊?


 そう思ったけど、すぐにそんな考えを振り払う。

 いったい何を考えているんだろう。そもそも、幽霊何ているわけないじゃない。達希君はちゃんと生きている。

 名前が同じなのも歳やクラスが一緒なのも、全部ただの偶然だよ。そう自分に言い聞かせる。だけど。


「そういえば前に、そのタツキ君の幽霊が出るって噂があったっけ」


 青葉ちゃんと一緒にいた中の一人が、そんなことを言い出した。

 するともう一人も、面白そうに声をあげる。


「あったあった。トラックに跳ねられて死んじゃったから、その時飛び出した自分の目玉を探してるって噂だっけ?」

「あれ、あたしが聞いたのは、一人で死ぬのは寂しいから、一緒に連れていく誰かを探してるって話だよ」


 同じ学校の子が亡くなったとはいえ、この子達にとってはただの他人。別に悲しくもないのだろう。だけど亡くなったタツキ君と達希君を重ねてしまっているあたしは、楽しげに喋る声が苛ついて仕方がない。


「……幽霊じゃないよ」

「え、なに?」

「幽霊じゃないって言ってるの!幽霊なんているわけ無いじゃない!」


 大きな声を上げ、周囲にいた子達が一斉に私を見る。

 だけど、そんなことを気にする余裕なんてない。ぐちゃぐちゃな頭を抱えながら、私は駆け出した。


「ちょっと、宮子ちゃん!」


 後ろで青葉ちゃんの声が聞こえたけど、それでも立ち止まらない。

 色々考えていたら、何だかお腹がいたくなってきた。

 少し保健室で休ませてもらおう。どのみちこんな状態では授業に出ても、頭に入っては来ないだろうし。


 けれど、たぶんいくら休んだところで、胸のモヤモヤは晴れる気がしない。

 治す方法はただ一つ。達希君と会って、このバカな考えが間違っているって証明させる事だけ。

 放課後雨が上がっていれば、達希君と会うことができるのだけど。


 廊下の窓から外を見る。雨はしとしと降っていて、空を見ても雲の切れ間は見当たらない。どんよりとした雨空は、まるで今のあたしの心を映しているかのよう。


 もういい、今は休もう。

 あたしは考えることをやめて、雨音の響く廊下を歩いて行った。

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