君のことが知りたくて
信じられない話を聞いた、その日の放課後。朝から降り続いていた雨は一旦は止んでいた。
と言っても、空が晴れたわけじゃない。相変わらず真っ黒な雲が太陽の光をさえぎっていて、じめじめ蒸し暑いのも変わらない。
そういえば曇りの日は指輪探しをどうするか、ちゃんとは決めていなかったっけ。今までは空に晴れ間が出ていたら晴れ、一旦は止んだけどまたすぐに降りそうなら雨って具合で、私が判断して神社に行くかどうかを決めていた。そして行った時には、毎回必ず達希君が先に来ていたっけ。
今日は来ているかな。この天気、いつもなら雨ってことにして行くのをやめるけど、今日はどうして達希君に会いたかった。
学校が終わるや否や、あたしはすぐに校舎を飛び出して、走って神社へと向かった。
「……達希君……いた」
息を切らせながら神社についたあたしを待っていたのは、いつもと変わらない達希君の姿。水色のシャツにベージュのズボンといった服装も、やはりいつもと同じ。
達希君は社の前で腰を下ろしていたけど、あたしが来たのを見て慌てたように駆けてきた。
「宮子、来たんだ。雨が降りそうだから、てっきり今日は来ないって思ってたよ」
「そういう達希君だって来てるじゃない」
「ああ、そういえばそうだった」
「何それ?」
本当に自分のことは考えていなかった様子の達希君。おかしくてつい苦笑しまったけど、ふとあることに気がついて笑いが止まる。
もしかして達希君、本当は晴れでも雨でも、毎日ここで待っていたんじゃ?
あり得ない話じゃないような気がした。それに、気になる事は他にもある。
今日あたひは、急いでここまで来たよ。もしかしたら全校児童の中で一番早く、学校を出たんじゃないかって思うくらいに。
にもかかわらず、達希君は先に来ていた。そんなに早く、来れるものなのかなあ?
あと服装。達希君はいつも同じ服を着ている。たぶん今までずっと同じ、水色のシャツにベージュのズボン。普通に考えて毎日同じ服を着るなんてことはないだろう。
いったい達希君は何なの? 考え出すとどんどん不安になってくる。
「どうしたの? 何だか顔色が悪いけど」
「何でもない。ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「何?」
「達希君の苗字って何て言うの?」
「へ? 苗字?」
予想外の質問だったのか、達希君はポカンと口を開けている。こういうところは、普通の男の子なんだけどなあ。
「あれ、言ったことなかったっけ?」
「聞いてないよ」
「ごめんごめん。苗字は里山、里芋の『里』に、富士山の『山』で里山」
「里山……達希君……」
校長先生が言っていた、亡くなった男の子と同じ名前だ。とたんに嫌な汗が背筋を流れる。
「ねえ、達希君学校は? どこの学校に通っているの?」
これで私の通っているの学校とは別の小学校の名前を言ってくれたら、全ては思い過ごし。たまたま同じ名前だったということになる。どうか別の学校であってほしい。
だけど達希君は質問に答えずに、不思議そうに私を見る。
「急にどうしたの? 何か気になる事でもあるの?」
「それは……」
言えない。達希君が実は去年事故で亡くなった子で、今いるあなたは幽霊じゃないかと思っているなんて。
もし違ったとしたら失礼だし、違ってなかったとしたら、何か大切な物が壊れてしまう気がする。
そう考えると、とたんに口が動かなくなる。
「ねえ……何があったの?」
どうしよう、どうしよう、どうしようっ!
何て答えたら良いか分からなくて、頭の中が真っ白になったその時。
「宮子ちゃん!」
名前を呼ぶ声が届いた。振り返ると神社の入口の鳥居の所に、こっちを見て佇んでいる青葉ちゃんの姿がある。
「青葉ちゃん」
「ねえ、いったい何をしているの?」
こっちに駆けてくる青葉ちゃん。何て言えば良いんだろう。正直に達希君と、指輪を探しているって言った方が良いのかなあ?
そう思ったけも。
「こんな所で一人でさあ」
一人?
何を言っているの。一人じゃなくて達希君も一緒だよ。
しかし達希に目を向けようとして、凍り付いた。振り向いた先には、さっきまでは確かにそこにいたはずの達希君の姿は無かったから。
何で? 今の今までお喋りしていたのに。いつの間に消えちゃったの?
「ねえ。一人でいるより、私達と一緒に遊ばない? 今日これから、みんなで集まるんだ……宮子ちゃん?」
青葉ちゃんの声はもう、耳に届いてはいなかった。
目を離したのは僅かな間。なのに達希君はどこにもいない。まるで初めから、そこには誰もいなかったかのよう。
気付かれないよう、こっそりどこかに身を隠したの? でも、いったい何のために?
「……達希君」
「えっ?」
「今ここに、達希君がいたの !今だけじゃないよ。あたし、今日まで何度も、達希君と会ってる。達希君が無くしたっていう指輪を、一緒に探しているの!」
気が動転したあたしは、一気にまくし立てる。当然青葉ちゃんは何を言っているのか分からずに、困惑ている様子。
「ちょっと待って。達希君って、昼間話してた達希君? そんなわけないじゃない。だって達希君は、もう死んじゃったんだよ」
「―――ッ!死んでなんかいないっ!」
悲痛な叫びが辺りに響き、風で木の葉が揺れる。だんだんと悲しい気持ちが溢れてきて、目に涙が滲んできた。
「死んでなんかいない……達希君は、ちゃんといるもん」
次の瞬間、あたしは駆け出していた。
何がどうなっているのか分からずに、ぐちゃぐちゃとした気持ちが行き場を無くして暴れている。
このままでは何かが壊れてしまいそう。溢れ出す感情に押し潰されないよう、とにかくがむしゃらに走った。
「宮子ちゃん、待って!」
青葉ちゃんが叫んでいるけど、待たない。
達希君、どこにいるの? どうして急に、いなくなったりしたの? 用事でも思い出して帰ったとか? だったらちゃんと、帰るって言ってよ。
ちゃんと……ちゃんと話して、本当のことを確かめたいよ。
もしかしたら、まだ近くにいるかもしれない。達希君の姿を探して、足を速めていく。
ふと頭に、冷たい水滴が落ちる。どうやら止んでいた雨が、また降りだしたらしい。それでも私は傘もささずに、走るのも止めない。
雨の降る薄暗い街の中を、ただひたすらに走って行った。
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