風邪と電話と幽霊と
雨の降る中傘もささずに走った次の日、あたしは熱を出して学校を休んだ。
お母さんも仕事を休んで看病しようとしたけれど、いいからお仕事頑張ってきてと言って、一人家に残る。今はとにかく、一人になりたかったから。
だけど一人になったところで、気持ちの整理はつかないまま。
あたしが会っていた達希君はいったい何なのか? もしかして、本当に幽霊?無くしたという指輪を探して、今もさ迷っているの?
明確な答えがでないまま、夕方をむかえる。今日は雨は降っていないけど、さすがに熱があるのに神社に行くわけにはいかない。
達希君は今日もあの場所で、あたしを待っているのかなあ?
そんなことを考えていると、やがてお母さんが帰ってきた。熱を計ってみると37度くらいまで下がっている。
「安静にしていたら、明日には治りそうね。お粥作ってあげるから、もうしばらく寝ていなさい」
言われた通り、布団で横になる。
本当は食欲はあまり無いけれど、果たしてこれは熱のせいだろうか?それとも、気持ちの問題?
まあいいや、さっさと寝てしまおう。そうして目を閉じていたんだけど。
「宮子、宮子ー」
5分も経たないうちに名前を呼ばれて。目を開けると、そこには電話の子機を手にしたお母さんがいた。
「ミサちゃんから電話なんだけど、出られそう?」
「ミサちゃんから? お話する」
せっかく電話を掛けてくれたのに、喋らないなんて勿体無い。子機を受け取り、もしもしと声を出すと、ミサちゃんの声が返ってくる。
『もしもし、宮子? 風邪引いたんだって?』
「うん。でももう熱も下がったから大丈夫。それより、何があったの?」
『そうそう。うちの神社、夏祭りやってたじゃない。今年ももちろんあるんだけど、毎年お祭りの時には二人して願い事をしてたでしょ。何かお願いがあるなら、宮子の分までお参りしておこうかと思って』
ミサちゃんの神社のお祭りは毎年、夏休みに入る7月20日に行われる。
大きなお祭りじゃないけど、これから夏が始まるって感じがあるから、いつも楽しみにしていたっけ。
『どう? お願い事ある?』
「うーん。風邪が早く治りますように?」
『ええーっ!? もっと夢のあるヤツにしよつよ。だいたい、お祭りまで風邪を治さないつもり?』
そうだった。お祭りまではまだ日があるし、それまでずっと治らなかったら大変だ。
『こんなのはどう? 達希君ともっと仲良くなれますようにっていうのは?』
「えっ?」
瞬間、胸の中にモヤモヤが広がった。
ミサちゃんに悪気がないのはわかる。ただ純粋に、達希君のことが好きかもしれない私を応援したくて言ってくれたのだ。
だけど今は、達希君の事を思い出させてほしくなかった。
「ねえミサちゃん」
『なになに?』
「幽霊って、どういう時に出ると思う?」
『へ、幽霊?』
困惑したような声。当然か、急にこんな話をし出すんだもの。
ミサちゃんは家が神社なためか、この手の話に詳しいんだけど、唐突すぎて返事に困っているようだ。
『幽霊が出る時ねー。やっぱり、強い未練がある時とか? どうしてももう一度会いたい人がいるとか、やり残した事があるとか』
「やり残した事……」
達希君がやり残した事。それはやっぱり、指輪を探すことだろうか。だけどそれなら、もし見つかったらいったいどうなるんだろう?
「もし、もしも未練が無くなったら?例えばずっと探していた物が見つかったとか」
『その時は、やっぱり消えると思う。元々この世に残っている方が普通じゃないんだもの』
「消える……」
達希君が消える? もしも指輪が見つかったら、もう会えないの?呆然とする私の耳に、ミサちゃんの声が響く。
『宮子ー、宮子聞いてる?』
「う、うん。ちゃんと聞こえてるよ」
『ねえ、ひょっとして幽霊に会ったの?』
そうだよとも、違うとも言えなかった。達希君が実は幽霊なんじゃって気はするけど、まだハッキリそうだと決まった訳じゃない。何より、あたしがそれを認めたくなかった。
もう生きてはいないということも、指輪が見つかったら会えなくなってしまうかもしれないということも、受け入れたくなかったから。
『ねえ宮子。もしも本当に幽霊と会ったのなら、もしまた会った時は気を付けてね。決して心を許さないで』
「どうして?」
『危険かもしれないから。全ての幽霊がそうって訳じゃないけど、中には仲間がほしくて、生きてる人間を向こうの世界に連れていこうとする奴もいるって聞いたことがあるから』
「連れて行く? それって……」
『死んじゃうってこと』
死んじゃう!? でも、達希君がそんなことをするなんてとても思えない。けどミサちゃんは静かに告げる。
『もし幽霊が優しい顔をしていても、絶対に信用しないで。油断させるための罠かもしれない。そりゃ私も本物の幽霊なんて見たこと無いけど、もう人間じゃないんだもん。どんな危険があるかわからないよ』
こんな現実離れした話をしたというのに、それでもあたしの身を案じてくれるミサちゃん。
心配してくれるのは嬉しくて。だけど達希君のことを疑っているのが心苦しくて。
ギュッと胸が締め付けられるような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます