一人ぼっちの夕暮れ


 新しい学校でも友達はできる。ママはそう言っていたけど、現実はそんなに甘くはなかった。


 転校してすぐは、クラスの子達が代わる代わる色んな質問をしてきた。前はどこにすんでいたのか、趣味は何かってね。

 だけど以前に住んでいた町の名前を言ってみても、知っている人は誰もいなくて、話は盛り上がらない。それどころか。


「そんな田舎に住んでたんだ。だから喋り方がおかしいんだね」


 一人がそう言ったとたん、集まっていた皆が一斉に笑い出した。自分も同じことを思っていた、訛りが強いと、口々に言う。

 笑ってないのはあたしだけ。皆と喋り方が違うという自覚はあった。だけどまさか、こんな風にバカにされるだなんて。


 それから私はしゃべらなくなった。また笑われるのが嫌で、恥ずかしい事じゃないってわかっているのに、どうしても口を開けない。


 趣味の話をした時も笑われた。

 音楽が好きと言った時は、「どんな歌を聴いてるの?」って、みんな興味を持ってくれて。これをきっかけに友達ができるかもしれないって期待したんだけど。

 聞く歌というのが皆の知らない古い歌だと知ったとたんら思いっきり笑われた。


「宮子ちゃんって本当に面白い。うけるー」

 

 その子はケラケラとおかしそうに笑ってたけど、あたしはちっとも面白くなかった。

 なぜ笑われなければならないのかが理解できなくて。それから音楽の話もできなくなった。


 そしていつしか声をかけられることも、あたしからかけることも無くなって、一人になった。


 学校が終わったら、すぐに今の家に帰る。ママは仕事に出てるから夜まで帰ってこなくて、あたしは一人で過ごす。前の家を出る際に持ってきたウォークマンで、歌を聞きながら。


 前に一度、帰宅したママからこう言われた。


「宮子、いつまでそんなもの聞いてるの?そんなんだからいつまでたっても一緒に遊べるような友達ができないのよ。もう捨てちゃいなさい」


 嫌だ。

 居場所がなくなったうえに、どうして大事にしている物まで取り上げようとするの?

 幸い強引にウォークマンを捨てられるということはなかったけど、それからママの前で音楽を聞くことは無くなった。




 ゴールデンウィークが過ぎた頃、あたしは学校が終わってもすぐには家に帰らず、どこかで時間を潰すことが多くなっていた。

 別に何か目的があった訳じゃない。だけどあたし以外誰もいない部屋で、一人でママが帰ってくるのを待ってるよりも、外にいた方がまだ寂しく無かったから。


 だけど、一人でいることに代わりはない。

 今日も学校の近くの公園で、一人ベンチに腰掛けながら、ウォークマンを聞く。

 何度も繰り返し聞いたテープから再生される音は、ちょっぴりノイズが混じっていたけど、それもさほど気にならない。すぐに頭の中が歌で一杯になる。

 流れているのは、海外では『スキヤキ』とも呼ばれている坂本九さんの名曲、『上を向いて歩こう』。

 だけど、前向きになれて元気の出る曲も、今のあたしには何の効果も無い。


 あたしは上を向いていない。俯いて下ばかり見て、さらには歩いてもいない。

 泣きたくなるのを我慢するのにはもう慣れた。だから涙は零れない。寂しい気持ちだけはどうしようもないけど。


 顔を上げると赤く染まる空が映る。一人ぼっちの夕暮れだ。

 だけどその時ふと、公園のすみにある草むらに目が行った。ううん、正確には草むらじゃなくて、そこでうずくまっている誰か。

 あれは……男の子?


 すべり台後ろにある草むらでしゃがんでいる男の子。

 けどおかしいな。さっきまではそこには誰もいなかったはずなのに。いったいいつの間に来たんだろう。

 それにさっきから、どうしてうずくまっているのだろう? もしかして、お腹でも痛いのかな?


 心配になったあたしは、そっと近づいてみる。うずくまっているから顔は見えない。だけど何となくあたしと同い年くらいのような気がする。

 水色をした半袖のシャツに、ベージュ色のズボンを履いた男の子。どうやら向こうは、あたしに気づいていないみたい。

 けど、近くまで来て足を止めた。どう声をかけようか?


 ちょっと前までのあたしなら、知らない男の子が相手でも声をかけることができたと思うけど、最近はすっかり人見知りになってしまっていた。


 どうしよう? どうしよう? 何て言って声をかけたらいいんだろう?


 悩んでいたら遠くで、5時を知らせる時報が鳴った。

 公園内に音が響く。その音に一瞬気をとられてしまったけど、すぐにまた男の子に意識を持っていく。その時、目が合った。


「あっ……」


 思わず声がもれる。うずくまった姿勢のまま、頭だけをこっちに向けている男の子。

 その目はとても澄んでいて、ずっと見ていると吸い込まれそうになる。なぜたが目をそらすことができなくて、まるで時が止まったよう。


 赤く染まる空。一人ぼっちの夕暮れで、あたし達は出会った。

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