神社へ行こう

 鏡が無いからわからないけど、きっと達希君よりもあたしの方が、ずっと真っ赤になっているはず。

 それでも動揺を隠そうと、頑張って表情を整える。


「そ、それじゃあもうこの話は無しってことにしない? 変に気にしたってしょうがないでしょ」


 やっとの思いで言葉を吐き出すと、達希君はこっちを振り返り、こっくりと頷いた。


「宮子がそう言ってくれるなら。それじゃあ、今日はこれからどうしよう? また指輪を探す。それともお喋りでもする?」


 出会ったばかりの頃は指輪を探すことだけを考えていたあたし達だけど、いつからだろう。何かをするわけじゃなくても、ただ一緒にいるだけで楽しいって思うようになっている。

 指輪探しでなくお喋りを提案してきたのも、たぶん病み上がりで、しかも怪我をしているあたしに無理をさせないよう気を使って言ったのだろう。


 達希君の優しさは本当に嬉しい。だけど、だからこそそんな達希君の足を引っ張りたく無い。

 せっかくの提案だったけど、あたしは首を横に振る。


「ううん、指輪を探そう。探したい場所があるの」

「探したい場所って?」

「神社よ。ここじゃなくて、街の外れにあるっていう、古い神社。ちょっと遠いけど、一緒に行ってくれる?」


 私のお願いに、達希君は不思議そうな顔をしている。


「行くのは構わないけど、どうしてそこなの?」

「どうしても」


 田原がその神社に指輪を捨てたという話をしようかとも思ったけど、黙っておいた。

 話しているうちに、もしもあたしを殴ったのが田原だってバレたら、どうなるかわからないもの。


「どうしても。どうしても行かなきゃいけないの。訳は話すことができないんだけど、ダメかな?」


 こんな説明で、納得してくれるかな?

 あたしはドキドキしていたけど、達希君はニッコリと笑って、言ってくれた。


「分かった、行こう。宮子が行きたいって言うなら、どこにでもお供するよ」


 まるで疑う事を知らないみたいに、すんなり承諾してくれる達希君。信頼されているのか、それとも達希君のもともとの性格なのか。まあどっちでも良いや。


「それで、場所は分かるの?」

「うん。地図をもらってきたから」


 スカートのポケットに手を入れ、中に入っていた地図を取り出す。

 これはお昼休みに、澤部君が書いてくれたもの。

 未だにこの街に馴染んでいない私にはちょっとわかり難い地図ではあるけど、達希君は違ったようだ。地図を覗き込むと、すぐに理解したように頷く。


「ここかあ。確かに少し離れているね。よし、遅くならないうちに出発しよう」

「今の出場所は分かったの?」

「うん、だいたいは。近くまでは行ったことあるし。宮子はこの辺、行ったことは無い?」

「……一度も無い」


 あたしの行動範囲の狭さを甘く見られては困る。

 指輪探しを始めてから外に出ることが多くはなったけど、それでも達希君と会う時以外は、ほとんど家でじっとしている事が多いのだ。


「なら、僕が案内するよ。行こう」


 そう言って手を差し伸べてくる達希君。もしかして、手を繋いでいこうとでも良いたいのだろうか?

 ちょっと待ってよ。遠足の時とかはクラスの子と手を繋いで歩いた事もあるけど、今繋がなきゃいけないの? そんなの恥ずかしすぎるよ。


「宮子、どうしたの?」


 人の気も知らないで。中々手を取ろうとしない私を、達希君は不思議そうに見つめる。

 分かったよ、繋げばいいんでしょ。達希君がこんなに平気な顔をしているっていうのに、私だけドキドキしてるなんてバカみたいじゃない。

 ちょっとやけっぱちになりながら、差し出されていたその手を取ったのだけど。


「冷たっ」


 達希君の手は思っていたよりもずっと冷たくて、思わず手を引っ込める。

 この暑い中ずっと外にいたはずなのにこんなに手が冷たいなんて、ちょっと普通じゃない。すると達希君は申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん、冷たかった? これは、その……実は僕、すごい冷え性なんだ」


 そうは言うものの、なんだか目は泳いでいて説得力が無い。

 けどあたしは何も言わずに、再びその手を取った。


「宮子、冷たくないの?」

「平気。暑いからちょうどいいよ。手が冷たいなんて、何だか達希君らしいね」

「どういうこと?」

「手が冷たい人は、心が温かいって言うじゃない」


 達希君が変に気にしないよう、明るい声を出す。

 嘘を言っている訳じゃない。達希君の心が温かいって思っているのは本当だし。


「……心が温かいのは、宮子のほうでしょ」


 呟くような声。たぶんわざとあたしに聞かれないように小さな声で言ったのだろうけど、バッチリ聞こえているから。

 だけどそこに触れると、またおかしな空気になりそう。

 気を取り直して、わざと大きな声を出した。


「行こう、達希君」

「そうだね」


 あたし達は並んで歩き出す。

 もし本当に指輪が見つかったら、その時はどうなるのだろう? もう達希君と会う理由も無くなっちゃう?


 もしかしたら、これが達希君といられる最後の時間なのかもしれない。

 ズキンと胸が痛くなる。町にいた頃、転校するって決まった時もこんな気持ちになった。

 だけどそんな押し寄せてくる寂しさを振りきるように、あたしは笑顔を作っていく。

 もし本当に一緒にいられなくなるなら、せめて今だけは笑っておきたかったから。

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