久しぶりの達希君
午後の授業が終わって、放課後。あたしは一人、神社の鳥居をくぐった。
澤部君に教えてもらった遠くにある神社ではなく、達希君と待ち合わせしている学校近くの神社だ。
ここに来るのも久しぶり。熱を出したり、ケンカして早退したりしてたから、長いことこられなかった。前に来た時からずいぶん間が空いたけど、達希君は待っていてくれてるかな?
不安な気持ちを抱えながら社に近づくと、その正面。賽銭箱に腰掛けながら空を眺めている達希君の姿があった。
最後に会った時と変わらない。というか、いつも変わらない水色のシャツにベージュのズボンを履いた達希君。
その姿を見て、あたしは大きく手を振った。
「達希君!」
「宮子? って、その頬どうしたの⁉」
駆けてくるなり肩を掴んできて、驚いた表情を見せる達希君。
そうだった。昨日田原に殴られて、大きな絆創膏を貼っていたんだった。
「転んだの? それともまさか、誰かに殴られたとか?」
「達希君落ち着いて。慌てなくても大丈夫だよ。殴られたと言っても、もう痛くはないし」
そう答えたとたんに、頬に痛みが走った。今までは本当に痛くはなかったはずなのに、思い出した途端痛くなるから不思議なものだ。
そしてあたしの話を聞いた達希君は、ぷるぷると肩を震わせる。
「殴られた……殴られたの? いったい誰に? 宮子にこんな酷いことをするだなんて。そいつ、絶対に許さない」
瞬間、ゾクッとした寒気が走った。
もしここで田原の名前を出したら、きっとケンカしに行くだろう。もともと達希君だって、田原の事はよく思っていないだろうし。
その結果田原が酷い目に遭ったとしても、別に構わない。だけどあたしのせいで達希君がケンカをしてしまうというのは、やっぱり悲しい。
「そんなに怒らないで。本当に平気だから」
「でも……宮子はそいつのこと、恨んでないの?」
「……平気だよ」
あたしよりも、達希君の方がよほど酷いことをされている。だけどそんな達希君も田原の夢枕に立った時、恨み言を言うわけでも呪うわけでもなかったって言うから。
だからあたしも、引きずったりはしない。
「腫れはそのうち引くから、平気だよ。それまでちょっと不細工になっちゃうけど」
「不……そんなこと無いよ。宮子は可愛いんだから!」
「えっ?」
可愛いって。男の子から初めて言われた。
「宮子は可愛い、可愛いよ」
そっと手を伸ばしてきて、頬に貼られた絆創膏に触れる。
傷口に触れられたにも関わらず痛みは少しもなかったけれど、その代わり体が燃えるように熱い。まるで全身を巡る血液が沸騰しているみたい。
動くことができずに固まっていると、達希君は手を離して元気の無い声を出す。
「ねえ。最近ここに来なかったのって、怪我のせい? それとも、僕のことが嫌いになったから?」
「嫌い? 待って、どうしてあたしが、達希君のことを嫌いになるの?」
「だって……最後に会った時、僕の態度が悪かったから」
「最後に会った時? ああ……」
そういえばあの時は達希君と話している最中に青葉ちゃんが現れて、気がつけば達希君は何も言わずに消えちゃってたっけ。
「あの時はごめん。いつも手伝ってもらってたのに、急にいなくなっちゃって。どうしてもあそこにいたくなかったんだ。あの時来た子が、僕の事を見えるかわからなかったから」
「見えるかわからない? それって……」
もしかして、青葉ちゃんには達希君の姿が見えないかもしれないって事? それってやっぱり、達希君は……。
今まで達希君のことを調べてきて、もうほとんど確信を持っている。だけど、この期に及んでなお、あたしはそれを達希君の口から聞きたくなかった。
「宮子。実は僕は……」
ダメだ。この先を聞いてはいけない。少なくとも今はまだ。
あたしは声を絞り出そうとする達希君の口元に指を伸ばして、咄嗟にそれを遮った。
「ストップ。今はその話はいいから。最近来れなかったのは、風邪を引いてたからなの。あの日の翌日から熱が出て、しばらく家で寝たきりだったんだよ」
「えっ、そうだったの?」
キョトンとした様子の達希君。昨日は風邪じゃなくてケンカしたせいで来れなかったんだけど、それは黙っておこう。別に嘘ついたわけじゃないから、いいよね。
「それじゃあ僕は宮子が風邪で苦しんでいる間、呑気にここで待っていたってこと? ごめん、お見舞いにも行けなくて」
「ちょっと、どうしてそこで落ち込むの!?仕方ないじゃない、知らなかったんだから!」
もう、男の子って時々面倒くさい。だけど風邪を引いたあたしを心配してくれた事は、素直に嬉しかった。
「もうすっかり良くなったから、安心して。それよりさっきの話だと、ずっと待っててくれたんだよね。あたしこそごめん、指輪を探すの手伝うなんて言って、かえって邪魔になってる」
「違う、邪魔なんかじゃないよ。それに」
「それに?」
「指輪を探すのも確かに大事だけど……それよりも宮子がどうしているか気になってたからだし」
そう言って横を向く達希君。
どうやら照れているみたいだけど、視線をそらしてくれて助かったのはあたしの方。だって体中がカーって熱くなって、心臓がドキドキ鳴り出したんだもの。
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