事故の噂

 そんなことされたら、達希君だって怒るよ。

 あたしだって同じ目にあったら、相手をなぐるくらいするかもしれない。


「それと……これはあくまでうわさなんだけど……」

「まだ何かあるの?」

「うん……実はね。達希君がトラックにはねられた時、救急車を呼んだのってそのいじめていた男子達だったらしいの」

「えっ、何で一緒にいたの? 仲直りしてたとか?」


 そう言ったけど、青葉ちゃんは首を横に振る。そして辺りをきょろきょろと見て、誰も自分達の話を聞いていない事を確認すると、そっと耳元で囁いてきた。


「さっき言っていたうわさって言うのがこれね。達希君、公園前の道路でトラックにはねられたんだけど、普通に考えていじめてた子達と一緒に遊ぶわけ無いじゃない。だからまた、公園でいじめられていたんじゃないかって、お姉ちゃん話してた」


 青葉ちゃんのお姉さんの話と言うのは、あくまでうわさ。本気にして良いかどうかも分からない。だけど青葉ちゃんが月に言った言葉は、あたしを突き動かすには十分だった。


「指輪を取り上げて、いじめっ子たちは道路に出て。当然達希君はそれを追って行くわけだけど、そうするとどうなったと思う?」


 まさか………まさか――――ッ!


「うわさって言うのはそれ。指輪を取った男子達を追いかけて道路に飛び出した達希君は、車にはねられて、死んじゃったって話よ」

「そんな……それって、本当なの⁉」

「本当かどうかは分からないよ。けど救急車を呼んだのがいじめていた子達だったっていうのが不自然で。そうなんじゃないかってお姉ちゃん言ってた。もちろん本人達は違うって言ってるみたいだけど」


 事故の裏にそんな事情があっただなんて。それじゃあ達希君は、そのいじめっ子たちのせいで死んじゃったってこと? そんなのあんまりだよ。


「そうだ指輪! 達希君が持っていた指輪って、事故の後どうなったの?」

「さあ、そこまでは」

「お願い青葉ちゃん! 何でも良いから教えて!」


 青葉ちゃんの肩を掴み、必死になって叫ぶ。青葉ちゃんはその勢いに気圧されているようだけど、あたしは構わず問い続ける。


「このままじゃ達希君が可哀想だよ! どこにあるのか、心当たりは無いの⁉」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。肩痛いって」

「あっ。ご、ごめん」


 慌てて掴んでいた手を放す。


「そんな事言われてもねえ……普通に考えたら、事故があった場所の傍に落ちているとか? あとは、達希君の家にあるかもしれないけど」


 本当にそうだろうか? 事故現場に落ちているなら、達希君なら真っ先に探すだろう。だけど未だに見つかっていない事を考えると、そこには無いのかも。

 達希君の家だって同じだ。あんなに必死になって探しているのに見つからない。という事は、もっと別の場所にあるのかも。


「他に心当たりは無いの?」

「ごめん、これ以上は分からないや。あ、でも」

「でも何?」

「ええと、もしかしたらなんだけど。達希君をいじめてたって言う男子達なら、指輪がどこにあるか知ってるんじゃないかなあって」

「いじめた子達が?」

「もしかしたら、だけどね」


 確かに、ありえない話じゃない。その子達は達希君から指輪を取り上げて。その後どうしたのだろう?


「……ねえ青葉ちゃん。その達希君をいじめてた子って、誰?」

「ええと。お姉ちゃんの同級生だから、今は五年生かな。名前は確か……そう、田原君って言ったかなあ?」

「田原君……五年生の田原君ね。クラスは分からない?」

「ごめん、クラスまではちょっと。って、そんな事を聞いてどうするつもりなの?」


 唇をかみしめるあたしを見て、青葉ちゃんはただならぬ何かを感じたらしい。だけど、そんな事を気にしている場合じゃない。

 気が付けば拳を握り、廊下をかけ出していた。


「ちょっと宮子ちゃん、どこ行くの? もうすぐチャイム鳴っちゃうよ!」


 背中に青葉ちゃんの声が届いたけど、足を止めることは無かった。

 ふつふつとわいてくる怒りを止めることができずに。いくつかの教室の前を横切って、五年生の教室がある二階へと続く階段をかけ上がった。

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