何も出来なくて

 田原君って子のせいで、達希君は死んだのかもしれない。

 五年生の教室にやって来たあたしは入り口近くにいた女子に声をかけ、田原君がいるかどうか聞いてみた。けど生憎、田原君がいるのはこのではなく隣のクラスだという。

 あたしは教えてくれた先輩にお礼を言うと、すぐさま隣のクラスに乗り込み、そして叫んだ。


「このクラスに田原君っていますか!?」


 いきなり現れたあたしに、教室中が注目する。。

 普段のあたしなら、こんな風に見られるのなんて恥ずかしくてたまらないだろうけど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 息を吸い込んで、もう一度声を張り上げる。


「田原君っていますかっ⁉」


 教室内が騒めく。みんな突然の乱入者にどう対応していいか分からない様子。しかしそんな彼らの視線が、やがて教室の中ほどにいる男子生徒に集まっていった。


「なんだ? 俺に何か用?」


 返事をしてこっちに歩いてくるのは、達希君よりも背の高い、つまりあたしよりかなり背の高い男子。

 すぐ前までやって来て立ち止まると、怪訝そうにあたしを見る。


「お前誰? 俺忙しいんだけど」


 いきなり呼び出されたからか、何だか不満そう。だけどこっちだって用も無しに来たわけじゃ無い。

 大きく息を吸い込んで、胸にあった言葉を吐き出した。


「達希君の指輪、どこにあるの!」

「……はっ?」


 瞬間、教室の中がざわついた。

 さっきまではつまらなさそうな顔をしていた田原君も目を見開いて固まったけど、それもほんの一瞬。

 ギロリとにらむような目で、あたしを見てくる。


「知らねーよ指輪なんて」

「本当!? 本当に何も知らないの? 少しでも心当たりがあるなら教えて! 達希君にとって、大切な物なの」

「うるせえって!」

「きゃっ!?」


 乱暴に突き飛ばされて、尻餅をつく。

 そして田原君はそんなあたしを見下ろしながら、怒ったように言ってきた。


「知らねーって言ってるだろ。だいたい、アイツはもう死んだんだ。今さらどうでもいいだろう」

「どうでもよくなんかない! 達希君は今でも、その指輪を探してるんだから!」

「は……はあ?」


 田原君は私が何を言っているのか分からない様子で、しばらくポカンとしていたけど。やがてせきを切ったように笑いだす。


「ハ……ハハッ、何言ってんだコイツ。いつ、どこで探してるんだよ?」

「毎日だよ。あたしと一緒に、街中を探してるの」

「何言ってんだよ、バカじゃねーのか。お前絶対頭おかしいよ。アイツはもう死んでんだからよ!」

 

 ―――ッ! 誰のせいだと思ってるの!


 頭の中で何かが吹っ切れた。

 うわさがどこまで本当かわからないけど、この人が達希君をいじめて、苦しめていたことは間違いない。なのに、こんな風に言うだなんて。


 あたしは立ち上がって、田原君に詰め寄る。


「達希君の指輪を取っておいて、よくそんなこと言えるね!」

「お前には関係ないだろ。だいたいアイツ、前からおかしかったんだよ。母ちゃんの形見かなんか知らねーけど、男のくせに指輪なんて持ってきてさ」

「だから取ったの? そんなのひどすぎるよ! あんたのせいで、達希君がどれだけ傷ついたと……」

「うるせえ!」


 



 次の瞬間、頬に強い衝撃を受けた。

 殴られたと分かったのは、仰向けに床に倒れた後。すると田原君は、さらに馬乗りになってくふ。


「調子に乗ってんじゃねーぞ!」


 もう一度顔に衝撃が来る。今度は口の中を切ったらしく、血の味が広がった。


「お前、さっき言ってたな。アイツと一緒に指輪探してるって。バカバカしい、幽霊でも出たって言うのかよ? そんなにアイツと一緒にいたいなら、後追って死ねよ!」


 また殴られた。このまま何度も殴られるんだ。そう思って目を閉じたけど、次にやって来ると思われた痛みは中々来ない。

 その代わり、慌てたような女の先生らしき人の声が聞こえてくる。


「何をやっているの⁉ 止めなさい!」


 うっすらと目を開けると、先生や数人の男子が、あたしから田原君を引きはがしているのが見えた。

 どうやら、これ以上殴られずにすんだらしい。


「俺は悪くねーよ!こいつが先に変な事を言ってきたのが悪いんだ!」


 田原は尚も殴り足りない様子。もしも助けが入らなかったら、あたしはどれだけ殴られていた事だろう。

 ホッとしたと同時に、悲しい気持ちが溢れてくる。指輪がどこにあるかを聞きに来たのに、結局何もできなかった。


 ごめん。ごめんね達希君。


 今になって涙が溢れてくる。だけどこの涙は殴られた痛みによるものでなく、何もできなかった事が情けなくて流れた悔し涙だ。

 手がかりが近くにあると言うのに、何も出来ないなんて。溢れてくる涙は止めることが出来ず、あたしはただ泣き続けた。

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