僕と一緒に行く?

 今までずっと聞くのが怖くて言い出せなかった。だけど、ついに口にしてしまったこの言葉。じっと見つめていると、達希君は力の無い顔で笑う。


「やっぱり、気づいていたんだね。僕が生きてはいないって」


 瞬間、あたしを支えていた何かが崩れた。

 何を言ってるのって、笑い返してほしかった。全部あたしの勘違いで、これからもずっと一緒にいられるんだって、心のどこかで期待していた。

 だけど達希君は冗談を言っている風ではなく、いとも簡単に自分が生きてはいないって認めてしまう。


「嘘っ……嘘だよねっ……」


 声に嗚咽が混じる。気がつけば目に涙が溢れていた。みっともなく泣きじゃくるあたしを前に、達希君はそっと口を開く。


「宮子は僕のこと、どこまで知ってるの?」

「きょ……去年事故で亡くなったって。おっ、お母さんの形見の指輪をっ……取り返そうとして道路に出て……それでっ、トラックに……」

「そう。僕はあの日からずっと一人で指輪を探していた。雨の日も風の日も、秋も冬も。宮子と会うまでは」


 そう言って達希君は、泣いているあたしの頭をそっと撫でる。


「泣かないで宮子。顔御上げて。宮子の好きな歌でもあったじゃない。上を向いて歩こうって。上を向いて、涙を零さないで」

「で、でも……」

「笑ってよ。もうこれが、一緒にいられる最後の時間なんだから」

「最後……うっ、うああぁぁぁぁぁっ」


 やっぱりもう、達希君とは一緒にいられないの?そう思うと悲しい気持ちが溢れてきて、さっきよりもさらに涙が出てきた。


「ちょっ、宮子⁉」

「うああぁぁぁぁぁぁっ」


 達希君は元気付けようと思って言ったのだろうけど、まるっきり逆効果。とめどなく溢れてくる涙を止めることが出来ずにいると、不意に視界が暗くなる。

 背中に手を回されて、そのまま抱き寄せられていた。達希君の胸に顔を埋めで、だけどそれでも涙は止まらない。


「ごめん、気の利いた事を何も言えなくて。だったら、落ち着くまで泣いていいから」

「うっ……うっ……うああぁぁぁぁぁぁっ」


 それからどれくらい泣いたかは分からない。声も涙も枯れるのではないかと思うくらい泣き続けた。一緒にいられないのが悲しくて、過ごした日々が愛おしすぎて。ワンワンと泣くあたしを、達希君は何も言わずに抱きしめ続ける。


 そうして泣いているうちに、やがて涙も底をついたのか、だんだんと泣く力が弱くなっていく。

 すると達希君はあたしを開放し、今度はその手で両頬を掴んだ。


「落ち着いた?」


 じっとあたしを見つめてくる達希君。その手は相変わらず冷たいけど、その冷たさももう感じることが出来なくなるのかと思うと、やはり寂しい。


「本当に、もう会えないの?」

「うん。僕はもう、遠くへ行かなくちゃならないから」

「遠くへ……」


 嫌だ……どうして離れなくちゃいけないの? 

 お父さんはお母さんと離婚して、一緒に暮らせなくなった。ミサちゃんとも離れ離れになった。そのうえ今度は達希君まで。

 どうして?せっかく会えたのに、せっかく仲良くなれたのに。せっかく……好きになったのに!


「嫌……」

「宮子?」


 そっと手を放す達希君。あたしはそんな彼に、思いの丈をぶちまける。


「もう会えないなんて嫌!達希君が遠くへ行っちゃうなら、一緒に行く。お願い、私も一緒に連れて行って!」


 離れる必要なんてない。遠くへ行くなら、ついて行けば良いんだ。すると達希君は何か考えた風な顔をして、真剣な目をこっちに向ける。


「本当に、良いんだね。僕と一緒に行っても」

「う、うん……」


 今までにない冷たい声。その不思議な迫力に、思わず気圧される。


「まさか宮子の方からそう言ってくれるなんて思っていなかった。本当はね、僕も考えてなかったわけじゃ無いんだ。僕だって宮子と離れたいわけじゃ無い、このままさらって行けばずっと一緒にいられるって、そう考えてた」


 いつの間にか優しかった目まで冷たくなっている達希君。この時になって初めて、私は達希君のことをちょっとだけ怖いって思った。

 そういえば、ミサちゃんが言ってたっけ。幽霊が優しい顔をしていても、それは油断させるための罠かもしれないって。

 あたしはいったい、どこに連れて行かれるんだろう? 得たいの知れない不安に襲われて、本当にこれで良いのかって、やっぱり考えてしまう。


「本当に良いんだね、連れて行っても……」


 今の達希君は、ちょっと怖い。だけど、好きになった気持は嘘じゃない。

 達希君を見つめ返すと、震える声で返事をする。


「い、良いよ。だって、そうすれば達希君とずっと一緒にいられるんでしょ」


 きっと怯えていることはバレバレだと思う。

 だけどいくら怖くても、やっぱり達希君と一緒にいたいという気持ちは変わらない。


「もう二度と、帰っては来れないよ」

「うん……」

「お母さんや、仲良しだったミサちゃんだっけ? もう会えなくなっちゃうよ。今の学校の子達とも。それでも良いの?」


 改めて聞かれると、やっぱりためらわれる。

 あたしが熱を出した時、お母さんは熱心に看病してくれた。ミサちゃんは今でも時々電話をくれて、あたしを元気付けてくれる。

 そういえば、最近は青葉ちゃんとは時々喋るようになったっけ。今の学校では友達はいないけど、青葉ちゃんとならもしかしたらって思ってしまう。だけどこのまま達希君に付いて行ったら、それも叶わない。


「良いんだね……本当に……」


 問いかけてくる達希君が怖い。でも、怖くても好きなんだもん。だからあたしは、やっぱり離れたくなんてない!


「良いよ……達希君と一緒に行く。ここのまま残ったって絶対に後悔するもの。だから、私も連れて行って!」


 まるで禁じられた言葉を言ってしまったような、後ろめたさがあった。だけどこれで、これからも一緒にいられるんだ。

 すると、彼の唇がそっと動いた。


「そう……だったら……」

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