また明日

 達希君を笑ったという『皆』に、腹が立ってきた。大切にしてるものをバカにされるのって、すっごく辛い事なのに。


「あたしは笑わないよ。だって、達希君にとっては本当に大事な物なんでしょ」

「う、うん。ありがとね、宮子」

「どういたしまして。ねえ、その指輪、この公園で無くしたの? あたしも探すの手伝うよ」

「え、でも」


 達希君は戸惑っているけど、あたしは引かない。

 なぜこんなにこだわるのかは自分でもよくわからないけど、もしかしたら自分も一人だって言う達希君のことを、放っておきたくないのかも。


「一人よりも二人で探した方がいいでしょ。大丈夫、頑張ればきっと見つかるって」

「ありがとう。けど宮子、やっぱり君はいいよ」

「どうして? あたしがいると邪魔?」


 もしかして、迷惑なのかな? 

 だとしたらショック。こんな風に誰かとたくさんお喋りするのなんて久しぶりだから、楽しくなっていたのに。

 だけど落ち込む私を見て、達希君は慌てたように言う。


「違う、邪魔だなんて思ってない。ただ、指輪がどこにあるのか分からなくて。いつ見つかるかなんて分からないから、迷惑かもって思って」


 その言葉に、ホッと胸をなでおろす。そっか、邪魔ってわけじゃ無かったんだ。

 だけど指輪って、そんなに見付け難い物なのかな


「僕はもう、何ヵ月も探してる。ここだけでなく、川原とか駅前とか、町中をね」

「ちょっと待って。指輪って、公園で無くしたんじゃないの?」

「うん、ちょっと事情があって。本当にどこにあるかわからないんだ。たぶんこの街のどこかには、あると思うんだけど」

「街のどこか……」


 それはまた、気の遠くなるような話だ。

この広い街からたったひとつの指輪を探すなんて、いったいどれくらいかかるの?


「そういうわけだから、これ以上宮子を巻き込めない。けどありがとう、手伝うって言ってもらえただけで嬉しかったよ」


 にっこりと笑う達希君。だけどその笑顔を見て、不意に胸の奥がざわざわと動いたような気がした。

 やっぱり、放っておけない。


「待って。街中を一人で探すなんて無茶だよ。やっぱり、あたしも手伝う」

「けど、それじゃあ宮子に迷惑がかかるでしょ」

「迷惑じゃないよ。だって元々やることも、一緒に遊ぶ友達もいないもの」

「そんなこと堂々と言われても」


 はい、自分でも変なことを言ってるって分かってます。けど、それでも今は。


「あたし、どうせやることなんて無いもの。暇潰しみたいなものだから、気にしないで」

「暇潰しって」


 込み上げてくるものを押さえ込めない様子で、苦笑する達希君。

 本当は暇潰しがなんて嘘だけど。いくらやることがなくても、普通なら見つかるかどうかわからない指輪のために街中を探すだなんて、普通ならとてもできない。


 だけど達希君が一人で探そうとしてるなら、話は別だよ。


「僕はありがたいけど、本当に良いの? 探すの大変だよ」

「大変だから一緒に探すんじゃない」

「もし面倒になったら、いつでも止めていい……」

「まだ始めてもいないのに止める時のことなんて考えない! 早く探そう」


 有無を言わせない勢いで、首を縦にふらせる。

 強引だとは思うけど、これくらいやらないと『でも』とか『だって』とか言ってきそう。すると達希君もようやく納得したように息をつく。


「分かった。ありがとう宮子。長い間探してるけど、そう言ってくれたのは君が始めてだよ」


 向けられる無垢な笑顔。

 まただ。また胸の奥がざわざわする。しかしその事を悟られないよう、わざと大きな声を出した。


「さあ、早く探そう。モタモタしてたら日が暮れちゃうもの」


 そうしてあたし達は手分けしながら、公園内をくまなく探した。

 ブランコのそば、砂場の中。私は女子トイレの中まで探してみた。だけどどれだけ探しても見つからない。やっぱりここには無いのかなあ。

 そうしているうちに日が暮れてきて、昨日と同じように5時の時報が鳴る。


「結局見つからなかったね。ごめんね、せっかく手伝ってもらったのに」

「あたしのことは良いよ勝手に手伝っただけだから。それじゃあ、明日はどこを探すの?」

「明日? もしかして明日も来るつもりなの?」

「当たり前でしょ。だってまだ見つかっていないんだもの。それとも達希君は、もう止めるつもりだったの?」

「そりゃ……探すつもりだったけど」

「なら、また手伝っても良いよね。今更ダメだなんて言わないでよ」


 実はダメだと言われるような気がしてて、ちょっと不安だった。

 だけどそれは杞憂に終わる。達希君はさっきも見せてくれた笑顔を作って、ありがとうと言ってくれた。


「宮子が手伝ってくれて嬉しいよ。本当は、ちょっとだけ寂しかったんだ。一人でいるのは」


 あたしもそうかも。一人でいるのが寂しくてたまらなくて、だから自分と同じように一人でいる達希君に声をかけたんだ。


「さあ、今日はもう帰ろう。遅くなったら家の人が心配するよ」

「平気だよ、ママは帰ってくるの遅いし。でも、分かった」


 二人して公園を出る。赤く染まる街に、長く延びる影法師。

 私は達希君の方を振り向いて尋ねてみる。


「あたしの家は右だけど、達希君はどっちに帰るの?」

「えっと、左。方向が違うから、ここでお別れだね」

「そうだね。あ、この後一人でこっそり探すなんてことはしないでよね」

「しないよ。宮子こそ、ちゃんと家に帰るんだよ」


 お互いに言いたいことを全て言い終わった後、「じゃあね」と挨拶をして互いに背中を向ける。けど、数歩歩いたところで思い出して振り返った。


「達希君っ!」


 名前を呼ぶと、振り返ってくれる達希君。私はブンブンと手をふりながら、大きな声で言った。


「また明日!」


 また明日なんて言ったのは、ずいぶんと久しぶりだ。その時の達希君の顔は夕焼けに照らされていてちょっと見えにくかったけど、確かに笑っていた。


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