青葉ちゃん

 気にしてない、と言ったら嘘になる。実際あたしはあの後喋るのが恥ずかしくなって、気が付けば友達を作ろうとするのを止めていたんだから。

 今では訛りも大分なくなっているけど、それでも一度話すのが苦手になったのだ。これは中々元には戻らない。


 とは言え、それで青葉ちゃんの事を恨んでいるかというとそうでは無い。話さなくなったのも、結局はあたしが頑張るのを止めたからなんだし。

 さあ、何と言って返せばいいか。そう悩んでいると。


「あと、宮子ちゃんの好きな歌を……」

「歌、歌ねえ……」


 そっちの方も忘れられない。あたしが好きな歌としてチェッカーズや松田聖子さんの曲を上げた時、青葉ちゃんは言ったのだ。『おもしろい、ウケる』って。もしかして、またそれを蒸し返すの?

 さすがにそれを黙って聞けるほど、あたしは温厚じゃない。文句の一つでも言ってやろうかと思って口を開く。


「青葉ちゃん、あのねえ……」

「ごめん宮子ちゃん! 勘違いさせちゃったみたいだけど、アレはバカにしたわけじゃ無いの! あたし達の知らない歌をたくさん知ってて、凄いって思って言ったの!」

「……へ?」


 文句の一つでも言ってやろう。そう思っていたのに、先に言われてしまった謝罪の言葉。いうべき言葉を失ってしまって、目をパチクリさせていると、青葉ちゃんはさらに謝ってくる。


「本当は褒めたつもりだったの。だけどあの後、あれじゃあバカにしてるみたいに聞こえるって言われて、あたしもそうかもって思って。それからずっと謝らなきゃって思ってたんだけど、中々タイミングが無かったし」


 それはそうだろう。だってその一件以来、私は本格的に青葉ちゃんの事が苦手になっちゃったんだから。

 話しかけられても素っ気無い返事しかしなかったし、極力避けるようにしていた。だけど、まさかそんな風に考えていただなんて。


「ちょっ、ちょっと待って。それじゃあ今まで教室移動の時とかに声をかけてくれたり、わざわざお姉さんに達希君のことを聞いたりしてくれたのって」

「これをきっかけに謝れたらって思って」

「ならもしかして、この前神社で会ったのも」

「アレは、宮子ちゃんの様子がおかしかったから。だってそれまで話しかけられたことなんて無かったのに、急に声をかけてきたんだもの。しかも死んじゃった達希君のことを聞いてくるし、何だか顔色悪かったし。大丈夫かなって思って」


 それで、心配になってこっそり後をつけていたと言うわけか。そりゃいきなりあんな事を聞いてたあげく、叫んでどこかへ行っちゃったんだもんね。気にするなと言われても気になっちゃうかも。


「でも田原君のことを教えて、そのせいで宮子ちゃん怪我しちゃって」

「違っ、だからそれは青葉ちゃんのせいじゃないって!」


 それじゃあつまり、あたしはずっと青葉ちゃんに心配をかけていたってことなの?

 今まで青葉ちゃんには苦手意識しかなかったけど、よく話しかけてくれたり、達希君のことを調べてくれた辺りで気付くべきだった。本当は悪い子じゃない、仲良くしようとしてくれているんだって。

 もちろん青葉ちゃんにだって悪い所はある。喋り方が変だって言われたのは凄いショックだったし、歌にしたって誤解するような言い方をしたのは、本当の事を知った今だってどうかと思う。だけど。


 申し訳なさそうに謝る青葉ちゃんを見ていると、怒る気にはなれない。だって、全部勘違いだったんだもん。

 なのにそれを根に持って、せっかく謝ってきた子を責めると言うのは、何だか違うんじゃないかなあ。


「ごめん、ごめんね宮子ちゃん」


 頭を下げてくる青葉ちゃん。私はそっと握りこぶしを作ると、その頭をコツンと。本当に痛くない程度に、コツンと叩いた。


「これでおあいこ」

「えっ?」

「こうすれば貸し借り話になるんだって、前に漫画で読んだ事がある」


 もっともその漫画ではもっと本気で相手の事を殴っていたけど、まあ良いだろう。


「だからもう良いよ。私ももう怒ってないから。青葉ちゃんも気にしなくていいよ」

「宮子ちゃん……」


 嬉しいようなホッとしたような、幸せそうな笑みを浮かべる青葉ちゃん。なんだか不思議な気がする。ついさっきまで苦手だと思ってた子なのに、今では話していると心が穏やかになってくる。


「ねえ宮子ちゃん。一つ聞いていいかな?」

「何?」

「亡くなる前達希君とは、友達だったの?」

「……ううん、そうじゃないの」


 静かに首を横に振る。今は友達かもしれないけど、とは友達では無い。そもそも会ったことも無かった。


「だけど今はとても大事で、放ってはおけないの。ごめん、詳しい事は話せないや」


 こんな説明で、果たして納得してくれた? 変な子だって思われて無いかな? きっと思われているだろうな。呆れられる覚悟はしておこう。

 だけど青葉ちゃんは呆れるわけでも、笑ったりもしなかった。


「ねえもし、もしも宮子ちゃんが良かったらなんだけど。達希君のことを知っている人の話を、聞いてみない? 実は夕べ、お姉ちゃんに宮子ちゃんの事を話したんだけど、そしたらお姉ちゃんも達希君のことについて調べてくれるって言ってくれたの」


 え、わざわざお姉さんに、相談してくれてたんだ。


「それで、さっき連絡があって。達希君と仲が良かった先輩と話せることになったんだけど、宮子ちゃんも一緒に行かない?」

「………行く」


 ちょっと迷ったけど、もっと達希君のことを知りたいという気持ちには勝てない。

 本当は昨日あんな騒ぎを起こした後だから、当分上級生とは関わりたくなかったのだけど、そうも言ってられない。けど、心配だから一応確認はしておこう。


「ねえ、その人ってよくケンカとかする人?」

「違うと思う…………たぶんだけど」

「たぶん、ね」

「ああ、でも大丈夫。何かあったらあたしが宮子ちゃんを守るから」


 そうは言うけど、青葉ちゃんが頼りになるのかなあ。もしまたケンカになってしまったら、二人とも殴られてしまいそうな気がする。もちろケンカになるとは限らないのだけど。


 何かあったら、あたしが青葉ちゃんの事を守ろう。私の為にこんなに動いてくれたんだもの。

 静かにそう決心しながら、あたし達は校舎の中に戻って行った。

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