好きな人はいるの?

 達希君や澤部君が言っていた通り、例の神社まではかなりの距離がある。

 歩き難いから繋いでいた手は途中で放したけど、かわりにお喋りをしながら、あたし達は街を歩いている。


「宮子は学校を休んでいる間、ずっと家にいたんだよね。退屈じゃなかった?」

「そうでもなかったかも。ほとんど寝ていたし、眠れない時は音楽を聞いてたから」

「宮子は本当に音楽が好きだね。何を聞いていたの?」

「うーん、光GENGIとか? 知ってるかな?」

「ごめん、よく知らないや。どんな人なの?」

「あたし達が産まれるずっと前に、ブームになったって言うアイドルグループ。代表曲は『パラダイス銀河』や『ガラスの十代』。これらは聞いたことある?」

「有るような、無いような。『ガラスの十代』、聞いたことがあるような気も……」


 頭を捻りながら、なんとか思い出そうとしている様子。その必死さがかおかしくて、思わず笑みがこぼれる。


「知らなくても無理無いよ。あたし達くらいの歳だと、やっぱり知らない人の方が多いし。『ガラスの十代』なんていうけど、まだ十代にもなっていないし」

「ということは、宮子はまだ9歳なの?」

「うん。10月生まれだからね。達希君は?」

「僕もまだ9歳。8月生まれ」

「それじゃあ、来月には10歳だね」

「うん……そうだね」


 一瞬、どこか寂しそうな顔をした達希君。

 それを見てハッと気づいた。去年に亡くなったのなら、達希君の時間はその時のまま止まっているんじゃないだろうか。

 本当なら10月生まれのあたし達とは、決して同じ歳になることなんてなかった。だけどやがては、達希君の年齢を追い越していくのだろう。


「どうしたの宮子、黙っちゃって?」

「何でもない。何でもないから」

「ならいいけど。ねえ、宮子って、春までは別の町に住んでいたんだよね。よかったらその時の事を教えてくれない?」

「いいけど、つまらないかもしれないよ。何にも無い田舎町だったし。今の学校でこの話をしても、みんな興味無さげだったし」

「そんなこと無いよ。僕は宮子の事を、もっと知りたい」

「そ、そう? だったら話すけど、つまらなくなったらいつでも止めていいから」


 そうしてあたしは、町にすんでいた時の事を歩きながら語っていく。

 何にも無い所だったけど、自然だけは豊富で。夏になると川遊びをしたり、虫取をしたりして遊んでいた。


 町中でカブトムシをとったことを話すと達希君は驚いていたけど、あの町では珍しい事ではない。

 田んぼや畑のそばに有るコンビニのライトに虫がよってきて、朝になるとライトの下にカブトムシやクワガタがいるなんてこともざらにあった。


 仲良しだったミサちゃんのことも話した。神社の家の子で、よく一緒に境内で遊んでいた事を話すと、達希君は楽しそうに笑う。


「宮子はつくづく神社に縁があるんだね」

「あたしもそう思う。そういえばミサちゃんところの神社である夏祭りで、私の分のお参りをしてくれるって言ってくれてたっけ」

「そうなんだ、いい友達だね。それで、宮子はいったい何をお願いしたの?」

「それは……」


 ミサちゃんは達希君ともっと仲良くなれますようにって言っていたけど。そんなこととても言えない。

 それに、今お願いしたいことはそれとは少し違う。達希君ともっと一緒にいられますように、だ。

 願ったところで、叶うかどうかは分からないけど。


「ねえ、あたしのことよりも、達希君の事を教えて」

「僕のことって、例えばどんな」

「ええと、例えば……例えば……そうだ」

「何?」

「達希君は、好きな人っているの?」

「えっ?」


 達希君の足が止まり、続けてあたしも立ち止まる。

 ちょっと意地悪な質問だけど、達希君にはいつもドキドキさせられているんだ。たまにはこっちがドキっとさせてもいいだろう。


「僕の好きな人なんて聞いても、つまらないよ」

「そんなこと無いよ。恋バナが面白くないわけ無いじゃない」

「そんなものかなあ? 女の子って時々分からないや」

「分からなくても良いから答える。どうなの、いるの?」

「う~ん」


 達希君はしばらく考えた後、呟くような小さな声でポツリと言った。


「いなかった、かな」

「いなかった?」


 なんだ、いないのか。そう思ってホッとしたような、残念のような気持ちになったけど、すぐに違和感に気づく。

 『いなかった』って、過去形だよね。だったら。


「それじゃあ、今はいるの?」

「……知りたいの?」


 静かに聞き返してくる達希君に、私は頷いて返す。何だか、心臓の音が大きくなっている。

 ちょっと意地悪してやろうと思って質問したはずなのに、またあたしの方がドキドキしちゃってる。

 どんな答えが返って来るか、聞きたくないような気もするけどやっぱり気になる。

 すると達希君は自分の口元に人差し指を立てて、悪戯っぽく笑う。


「ナイショ」

「えっ……もうっ!」


 からかわれた事に気づいて、ポカポカと叩く。達希君は困ったようなあんまり困ってないような顔をしながら、甘んじてそれを受けている。


「ごめんごめん。けどそれじゃあ、宮子は言えるの? 好きな人」

「それは……」


 とても言えない。これじゃあ達希君のことを、責めるわけにはいかないね。


「そうでしょう。大事なことなんだから、気軽に打ち明けるなんてできないよ。だからナイショ。今は、ね」


 それじゃあいったい、いつになったら教えてもらえるんだろう。

 まあいいか、聞くのが怖かったの持たしかだし。何だか見透かされて遊ばれた感があるのが癪に触るけど。


「さて、神社まではもう少しだから、頑張って歩こう」

「りょーかい」


 再び歩き出したけど、まだ少し顔が火照っている。

 それにしても、達希君の好きな人、気になるなあ。最初は悪戯で聞いただけのつもりだったけど、今はその事で頭がいっぱいだ。ナイショってことは、やっぱり誰かいるって事なのかなあ?


 あたしの方はハッキリしているけど。前にミサちゃんに聞かれた時には自覚はなかったけど、今なら確信をもって言える。

 達希君のことが、好きなんだって。

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