第26話 怖い話(廃トンネル)

 ※苦手な方にはお勧めしません。



 大学時代の話。


 夏休みの夜のこと。暇を持て余していた僕たち四人は、関東屈指の心霊スポットとされる廃トンネルへ向かった。肝試しである。車に乗り込み、都心部から郊外へ向けて青梅街道をひた走る。車中は心霊話で盛り上がった。


 友人であるAの母親は霊感が強く、小さい頃から色々なものが見えていたという。遊び半分で心霊スポットへ行くなと口酸っぱく言われていたそうで、心なしかAの表情は暗かった。霊現象を目にすることがあっても絶対に口に出すな。声に出すと、あの人には私が見えていると思われ霊がついてくる。Aの母親はそんなことを言っていたらしい。


 一時間ほどのドライブを経て目的地に到着。時刻は午前一時を回っていた。


 真っ暗な山の中。ここから先は徒歩で進まねばならない。僕たちは事前に調べていた通りの目印を発見すると、山側の斜面に沿って道なき道を登っていった。懐中電灯の小さな灯りを頼りに膝の高さの茂みをかき分けていく。斜面を登りきると未舗装の道が現れた。右に進んで行くと廃屋があり、更に進むとお目当ての廃トンネルがあるはずだった。


 誰も言葉を発しない。真っ暗な山というのはそれだけで怖いのだ。


 しばらく行くと左手に廃屋が姿を現した。


 昔は立派な家だったのだろう。今は無残に朽ち果てていて見る影もない。足を踏み入れると、湿っぽい空気がべっとりと身体にまとわりついた。ボロボロの毛布、腐った畳。すえたような匂いを感じる。一体どんな人達がここに住んでいたのか。ネットには一家惨殺のあった物件との書き込みがあったが本当だろうか。前座としては充分過ぎるほど気味の悪い廃屋を探索し終え、僕たちは目的のトンネルへと向かった。


 途中、道の真ん中に大きな木が横倒しになっていた。幹の中央部分にスプレーで大きく×印がつけてある。誰かのいたずらだろうが、この先に行ってはならないという警告にも見える。倒木を跨いで進んでいくと、懐中電灯の光が行く手に廃トンネルを照らし出す。入口付近にはフェンスが張ってあり、立入禁止の看板が付いていた。


 正直に言おう。僕はここに来たことを後悔していた。きっと全員がそう思っていたんじゃないかと思う。心霊スポットは初めてではなかったが、決定的に何かが違っていた。それほどまでに異様な雰囲気があたりに漂っていた。


「……今、トンネルの中から声が聞こえなかった? ……なんか、うめき声みたいな」


 Aがつぶやく。


 実はこのとき僕にも聞こえていた。掠れたような、すすり泣くような声。


「嘘だろ……俺には聞こえなかったけど。風の音じゃないか……?」


 否定した友人の声も心なしか震えているようだった。


 引き返そうという意見も出たが、結局は中に入ることになった。一時間以上も時間をかけて来たのだし、ここまで来て帰るのは流石に格好がつかない。僕たちは一人ずつフェンスを乗り越え、トンネル側へと境界線を越えた。入口に立つと、身震いするような寒気、悪寒を全身に感じる。本音をいうと、早くこの場から離れたくて仕方がなかった。


 明治時代に造られたというトンネル。天井までの高さは3メートルもなく、横幅も狭い。恐る恐る懐中電灯で内部を照らしてみるのだが、そこにはどこまでも続く暗闇がぽっかりと口を開けているだけだった。


 話し合いの結果、四人一列になって進むことが決まった。順番はジャンケンで決める。僕は前から三番目、Aは最後尾の四番目になった。


 内部へと足を踏み入れる。


 実際に中へ入ってみると、思っていた以上に狭く圧迫感があった。古いトンネルなので、天井の至るところから水がしみ出していて、地面のところどころに水たまりを形成していた。 


 四人の足音だけがトンネル内部にこだまする。僕は前を行く友人の足元だけを照らし、他のことに注意がいかないよう、余計なことを考えないよう意識を集中した。足元がふわふわしていて、この世ではないどこかに迷いこんでしまったかのような感覚があった。途中からは一歩、二歩、と歩数を数えることだけに専念した。


 どのくらい進んだだろうか。随分と歩いた気もする。


「出口だ」


 先頭を行く友人が短く言った。

 

 進行方向に視線をやると、月明かりに照らされた出口が見える。


「帰ろう」


 間髪いれずにAが言う。


 トンネルの中で発せられた言葉はこの二言のみだった。僕たちは反対側の出口を抜けることすらせず、その場でUターンして引き返すことにした。そして、車に戻るまで誰も口を聞かなかった。

 


 ●〇●〇



 翌日から僕の体に妙なことが起こり始めた。左肩付近から左腕にかけて原因不明の痺れを感じるのだ。寝違えたり、肩が凝ったりというのとは明らかに違う。長時間正座を続けた後に起きるあの症状、それが四六時中続くのだ。二日経ち、三日経っても違和感は消えなかった。


 そして四日目の晩、僕の携帯にAからメールが届いた。


「伝えようかどうか迷ってたんだけど。ずっと気になってたから言います。あの日、トンネルの中に入ってしばらくしてからさ、見えてたんだよね。白い影みたいな、女の人が出てきてさ。お前の左側にずっとくっついてたよ。変なこと言ってると思われるかもしれないけど……。気を悪くしたら、このメールのことは忘れてくれ。でも、もし変なことが起きてるんだったらお祓いに行った方がいいかもしれない」


 痺れのことは誰にも言っていなかった。


 この一件以来、僕は心霊スポットに行くのをやめた。 

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