異世界召喚された勇者がその国を出て、他の国に定住した理由
禅
第1話 美声の領主
この世界には魔王という存在があった。その魔王が存在している国は長年の試行錯誤の結果、魔王を封印することに成功する。
だが封印であるため、いつかは封印が解けて魔王が復活する。そのため、その国では定期的に復活する魔王を封印するため異世界から魔力が強い人間を勇者として召喚していた。その数は四人。それは魔王を封印するために必要な人数であった。
そして、この度も魔力が強い人間が四人、異世界から召喚された。その四人は頼まれるまま魔王を封印して、その国に平和をもたらした。王は褒美に一生遊んで暮らせるだけの財宝を四人の勇者に与えた。
だが、勇者の一人はそれを受け取ることを拒否した。それよりも自分の世界に還ることを望んだのだ。しかし、いざ自分の世界に還ろうとしたら、その術がないと言う。
怒った勇者はその国の王城を修復不可一歩手前まで破壊して国から出て行った。全壊にしなかったのは勇者の優しさではなく嫌がらせだと言われている。
全壊なら建て直すだけだが、修復不可一歩手前の方が下手に修理できる分、時間と金と労力がかかる上に精神的外傷が残せるからだ。
そして、そんな勇者に賛同したもう一人の勇者もその国を一緒に出て行った。
異世界から召喚された魔力が強い勇者が二人で旅をしている。
その噂は瞬く間に周辺諸国に広がり、各国の王が勇者を自国に取りいれようと画策した。しかし、それはどれも失敗に終わったどころか壊滅一歩手前まで追い込まれた国まであった。
これは、そんな勇者二人組が一つの国に定住を決めるまでの話である。
木々が乱立する森の中。馬にまたがった茶髪の青年が何かを探すように周囲を見回していた。
頭を動かすたびに柔らかそうな髪が風にのってフワフワと楽しげに揺れる。細い瞳は笑っているかのように緩く円を描いており、温厚な風貌だが、どことなく疲労感が漂っていた。
「久しぶりに帰ったら、これですからねぇ。まったく、私は便利屋ではないのですよ」
場所を忘れて聞き惚れてしまいそうなテノールの美声で青年が愚痴る。
そもそも青年は早期引退した父親の仕事を引き継いだため、普段は首都に住んでいる。だが、今回は珍しくまとまった休みがとれたので、久しぶりに領地に帰省したのだ。
すると屋敷に着くなり領地内を荒らしている害獣を退治してほしい、と領民に懇願され、休む間もなく馬で森の中に入り、現在にいたっている。
そういった経緯で森の中を散策していると、そう遠くない場所で猟犬が吠えた。
「見つけましたか」
青年が馬を走らせる。
濃い緑の葉が茂る森の中を猟犬の声を頼りに進んでいく。威嚇するような猟犬の吠え声とともに木が倒れる音がした。
その音に向かって青年が右手を掲げる。
「火の精霊よ。我が右手に集まり、彼者を貫く武器となれ」
美声とともに右手に火の玉が現れる。そして青年の手の動きに合わせて高速で飛んでいった。
「ぐぁぁ!」
叫び声のような意味のない音とともに木々が倒れていく。それは青年が考えていた方向とは反対側へと動いていった。
「しまった!」
すぐに追いかけたが、途中で倒れた木が行き先を塞いでおり、馬では進めない状況になっていた。
「仕方ないですね」
青年は犬笛で猟犬を呼び戻すと、踵を返して馬の胴を蹴った。
しばらくして青年は足場の悪い森を抜けて道に出た。道といっても草がないだけの砂利道であり、左右は木に囲まれている。あまり人通りのない道だが商人が通行することもあり、この道の先には小さいが町もある。
「人里に下りたら厄介ですね」
青年は華麗に馬を操って先を急ぐと、少女の悲鳴が聞こえた。
「先に下りてしまいましたか」
馬を走らせながら青年がいつでも魔法が使えるように右手に魔力を貯める。
左右に生えていた木々が無くなり、畑と家々が見渡せる場所へと出た。
「悲鳴はどこから……」
青年が騒ぎになっていそうな場所を探すが、そこは長閑な田舎の風景があるだけだった。
「おかしいですね」
訝しみながら周囲を見回す青年に一人の少女が物陰から飛び出してきた。
「領主様!」
悲鳴の主を見つけた青年は馬から降りずに訊ねた。
「さっきの悲鳴はあなたですか?怪我はありませんか?」
青年の清んだ声に少女が一瞬惚けるが、すぐに自分を取り戻して頷いた。
「はい。旅の方が私を逃がしてくれました。領主様、早く旅の方を助けて下さい!」
「わかりました。旅人はどこへ?」
「自身を囮にして、あちらのほうへ」
少女が指さした先は別の森へ入る道だった。
「教えてくれて、ありがとう。君は早く家に帰りなさい」
「はい」
青年は少女に見送られて再び森の中へと入っていった。
「こちらに誘導してくれたとは、ありがたいですね」
この道はあまり使用されていないため領民に被害が出る可能性は低い。ただ囮となっている旅人に被害が出ているかもしれないが。
「とりあえず急ぎましょう」
青年はいつでも攻撃できるよう腰に下げた剣を右手に握って馬を走らせた。
領民の話だと害獣は力が強く大人三人がかりでも傷一つ付けられなかったという。
「それを私一人で退治しろというのも、どうかと思いますけど……」
青年は一人で呟きながら道なりに大きく右に曲がった。そして、再び直線となった道を走ろうとして、目に飛び込んできた光景に言葉を失った。
青年がいる場所から少し先に一人の美女が立っていたのだ。
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