第14話 未知との遭遇
応接室に入ったファツィオは人受けの良い笑顔で口を開いた。
『おまたせして、すみません』
小石ほども思っていないことをファツィオが平然と口にした。
実際には声になっていないので、ジンが代弁をしている。椅子に括られたままサウナに入らされ、着替えをさせられたジンは綺麗に整えられていた。
そんな二人を前にして、五十歳を超えて往年の貫録が出てきたと言われるヒゲを蓄えた男性、デルヴェッキはすぐに言葉が出なかった。
「いや……」
そもそも長時間待たされたデルヴェッキは皮肉の一つでも言おうと考えていた。しかし、この小さな屋敷の主が登場してから目の前にセッティングされた異常な光景に唖然とした。
ファツィオとデルヴェッキは向かい合うようにソファーに座っているのだが、ジンだけが椅子に座っていた。
椅子は絢爛豪華で外交用に飾られた応接室に置いてあっても違和感はないが、一人だけ椅子に座っているという光景が普通ではない。
だが、デルヴェッキが唖然としている原因はそれではなかった。
椅子に座っているジンが脱力しきっているのだ。と、いうより屍だ。口だけが動く死体と言ってもいい。
それでも、ずり落ちずに椅子に座っていられるのは、縄によってグルグルに括り付けられているからである。
それでもファツィオが口を動かしたら通訳をするのだから、律儀なのか、条件反射なのか、それとも腹話術の人形と化したのか、真相は誰にも分からない。
デルヴェッキは目の前の光景に多少顔をひきつらせながらも、どうにか気を持ち直して型通りの挨拶をした。
「お久しぶりですな、アントネッロ卿。本日は貴殿が結婚をされると聞いて是非、祝いをしたいと思ってきたのだ」
デルヴェッキはジンの存在を無いことにした。目には入っているし、とても気になるのだが、そのことを訊ねたら最後、戻れない暗闇に引きずり込まれるような気がしたのだ。
一方のファツィオはデルヴェッキの横柄な言葉使いに心の中だけで片眉を上げていた。
そもそもファツィオは王族と血の繋がりもある公爵家の家柄だ。一方のデルヴェッキは伯爵家であり、階位は二階級下になる。
それを年上ということだけで、この話し方。
世渡り上手で知られているデルヴェッキが、王の発令した新国法を知らないとは考えにくい。そうなるとワザと無視しているということになる。それは不敬罪という立派な罪になるのだが。
しかしファツィオは黒い笑顔のまま、そのことには触れずに言葉を返した。
『それは、それは。私などのために、わざわざご足労をかけて申し訳ありません』
「いや、なに。これから同胞となる貴殿のためだ。これぐらいなんともない」
『同胞とは?』
笑顔のまま軽くとぼけるファツィオにデルヴェッキが話を続ける。
「聞きましたぞ。同性と結婚すると王に報告された、と」
『はい。一応、許可はもらいました』
一応という言葉にデルヴェッキが非情に残念そうに同情する顔になった。
「やはり、王は良い顔をされなかったのだな?アントネッロ卿、このままでは貴殿の身が危ないぞ」
『はて、それはどういう意味ですか?私は何もしておりませんが』
「王はこの度、新国法を施行された。あの国法は危ない。王の機嫌を損ねれば我々は簡単に財産を失ってしまうのだ」
『それは、また飛躍した話ですね』
他人事のように話すファツィオに、デルヴェッキが不似合なほど神妙な顔をして説明をする。
「そんなことはない。あの国法はまことに危険なのだ。そのことに気が付いた者が集まって同盟を組んでおる。アントネッロ卿、そなたにも是非加わって頂きたい。そなたが加われば、あの非道な国法を撤回させることも可能だろう」
デルヴェッキからの過度な期待にファツィオが肩をすくめる。
『私一人が加わったところで、それは無理だと思いますよ』
「いや、貴殿の力は大きい。レオーニ卿が王になれたのも貴殿の力があってこそだ」
『それは私ではなく先代の力ですよ。私はしがない跡取りです』
「そのようなことはない!レオーニ卿が姫と結婚して王になれたのは、そなたの根回しがあってこそ。だからこそ、貴殿の協力が必要なのだ!」
デルヴェッキがファツィオに力強く詰め寄った。金色に白髪が混じったヒゲが目の前で揺れる。
目の前にいるのがリアであったら、さぞかし目の保養になったのに、と場違いなことを考えながらファツィオは頷いた。
『そこまで言われるのでしたら……もう少し考えさせてもらっても、よろしいですか?』
あと一歩でファツィオを攻略できると感じたデルヴェッキが盛大に頷きながら身を引く。
「よく考えてくれ。あと、貴殿の結婚を祝って今晩、同胞たちとパーティーを開こうと思うのだが、良いか?」
『それは嬉しいですね。是非参加させて頂きます』
「おぉ。では、私はさっそく準備をしてこよう。失敬」
満面の笑みで退室するデルヴェッキをファツィオが最高に腹黒い笑顔で見送る。
自分の意見を一切言わずに通訳をしていた生きる屍は、死んだ魚のような目でその光景を眺めていた。
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