第13話 執事
大雨によって全身がずぶ濡れになったジンは、半日ほど中庭に放置された後、ようやく小さな屋敷に連れて帰られた。
ジンは小さな屋敷に到着すると同時に盛大なくしゃみをした。その姿にファツィオが肩をすくめる。
『おや、おや。結婚式の前に風邪を引かないで下さいよ』
呆れたように言うファツィオにジンが琥珀の瞳で睨む。
「君が私を庭に置き去りにしなければ、雨に濡れて風邪を引く心配をすることもなかったんだけどね」
『それは、あなたが王に結婚の報告をすることを拒否したからでしょう?自業自得だと思いますよ。おかげで私は王と筆談でしか話せず、いつもの倍の時間を無駄にしましたからね』
「絶対嫌だよ!なんで男との結婚報告を自分で言わないといけないの!断固拒否するよ!」
『そうですか。しかし王から許可は得ましたので、結婚式は予定通り行いますよ。この白金に輝く髪に白いウェディングドレスは映えるでしょうね』
そう言って微笑みながらファツィオがジンの髪を一房つまんだ。
ファツィオの行動にジンが全身を鳥肌にして叫ぶ。
「寒気!寒気がする!」
『雨に濡れて体が冷えましたか?サウナの準備をさせましょう。お願いします』
ファツィオの指示で後ろに控えていた執事がジンを椅子ごと担ぐ。執事の体格は筋肉質ではない。むしろ細身だ。年齢も四十代ぐらいで若いとは言えない。
それでもジンが座っている椅子を軽々と持ち上げているため、見た目より力持ちらしい。
「奥方様、失礼いたします」
「だから、奥方様は止めて!って、このままサウナに入るの!?えっ?あっ?ちょっと、本気で止めてー!?」
こうしてジンは見た目より力持ちの執事によってサウナ室へと連行された。
時々サウナ室の方から叫び声が聞こえるが、ファツィオはそれを華麗に無視する。そこに楽しそうに笑っているリアが現れた。
「なかなか面白いことをしているのね」
リアの言葉にファツィオが肩をすくめる。部屋にはリアとファツィオの二人しかいないため美声が響いた。
「私は大真面目なんですけど」
「そうね。大真面目になにか楽しいことを企んでいるみたいね」
「企むなんて人聞きが悪いですね」
そう言ってファツィオがリアの前まで歩いてくる。そのまま二人はしばらく黙って見つめ合ったが、ふいにリアが妖艶に微笑んだ。
「もう少し傍観させてもらうわ。いらないお客も来たみたいだし」
リアの言葉に応えるように侍女が部屋に入ってきて一礼をした。
「デルヴェッキ卿が当主との面会を希望されています」
『無粋な客人ですね。ジン殿の仕度にもう少し時間がかかりますから、待たせていなさい』
「はい」
声のないファツィオの指示を理解した侍女が頭を下げて部屋から出て行く。
その姿にリアが意地悪そうな笑みをファツィオに向けた。
「ジンの通訳がなくても問題なさそうね」
「私のところで働いてくれている方々は皆、優秀ですから。すぐに読唇術を覚えました。ですが、このことはジン殿には内緒でお願いします」
「そうね。その方が面白そうだもの。じゃあ、私はお茶をしてくるわ」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「あら、お客が来ているんじゃないの?」
リアの問いにファツィオが黒い笑顔で答える。
「時間を持て余した暇人ですから、待たせても問題ありませんよ。それにジン殿の準備にもう少し時間がかかるでしょうし」
「なら、一緒にどうぞ。今日は季節のフルーツを使った新作ケーキを揃えてみたの。この国はデザートの種類が豊富にあって飽きないから良いわ」
「それは良かったです」
二人はにっこりと微笑み合うと一緒にサロンへと移動した。遠くにジンの叫び声を聞きながら。
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