第12話 中庭に椅子
それは城の中庭にポツンと置いてあった。
決してこのような場所に野ざらしで置いておくような物ではない。職人の技と贅が込められて作成された作品と言っても過言ではない代物。
しかも、それは本来であればテーブルとセットであるはずなのだ。だが、そこには椅子しかなかった。
そして、その椅子には縄でグルグル巻きに括り付けられている優男が一人。その他に人影はなくポツンと哀愁が漂っている。
この中庭で初めて見る光景に女性は我が目を疑い、そして何も見なかったことにするかのように回れ右をした。
「あー、ちょっと無視しないで!助けて!」
心の底から助けを求める声に女性は嫌々ながらも、もう一度振り返った。ここで会うのは二度目だったが、お互い名前さえ知らない。
女性は適度に距離を保ったまま訊ねた。この距離がジンに対する不信感の表れでもある。
「何か御用ですか?」
「お願い!この縄を外して」
縄で椅子に縛りつけられているという不審者まるだしのジンを、女性が値踏みするように眺める。
そして結論を出すと少しだけ申し訳なさそうな表情をして言った。
「その縄には強い魔力が宿っていますから、私では触れるだけで怪我をしてしまいます。お力になれなくて残念ですわ」
言葉ではそう言いながらも碧い瞳には安堵の色がある。だが、ジンは必至に食い下がった。
「いや、君ぐらい強い魔力を持っているなら問題ないよ。一生のお願い。この縄を外して。でないと、無理やり結婚させられるんだ」
「結婚されますの?」
「私は了承していない。相手の一方的な都合によるものなんだ」
「でしたら、お相手の方ともう一度お話合いをなさって下さい」
「話し合うも何も私の話を聞いてくれないから、逃げるしかないんだよ」
「どうして、そこまで拒否をされるのですか?他にお慕いしている方がおられるのですか?」
「他に慕っている人はいないけど、男だけは勘弁して欲しいんだよ」
ジンの発言に女性が碧い瞳を少しだけ大きくする。
「王があの政策を発表されましたのに、それでも同性の方を希望されるなんて……それだけ、あなたが必要ということなのでしょう。良いことではありませんか。大事にしてもらえますよ」
「あの政策って何だい?」
「ご存じありませんの?」
「私は最近、この国に来たからね」
ジンの全身を見て女性が納得したように頷く。ジンが着ている服はこの国ではあまり見かけないデザインであり、異国者であることが容易に想像できた。
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
そう言うと女性はジンと距離を保ったまま、教師が生徒に教えるように堂々と説明を始めた。
「我が国では身分があるものは家柄で仕事が決まっておりましたので、結婚は比較的自由でした。同性婚であろうとも養子を迎えれば、その子が家を継ぐため問題はありませんでした。ですが、この度、王は新しい国法を発表されました。それは功績によって仕事が変わり、家も当主の血を継いでいなければ、家は継げないというものです」
女性の説明にジンが軽く感嘆する。
「へぇ、その国法には反発する人もいたでしょ?今までは何もしなくても貴族の地位が保障されていたのに、真剣に仕事しないと貴族でいられなくなるかもしれないなんて」
「今の話が理解できたのですか?」
驚いている女性にジンが当然のように頷きながら言った。
「分かったよ。何もしないってことは停滞していることと同じだから、王様は進歩、発展を目的に、その新しい法を作ったんだね。あと、ついでに訊ねるけど、今までは家さえ残ればいいっていう意識で、養子を迎えていたぐらいだから、血筋や血統を守るという意識が低かったのかな?」
「はい。王はこの国法によって、身分ある者が自分の家と血統を大事にして誇りに思うように、そしてその中心である王家を敬うように、との考えも込められております」
「……王家って敬われてないの?」
「恥ずかしながら。民衆から見て王家は他の貴族と大差ないものだと思います。ですので、王は貴族の意識改革をすることで、それを民衆に広げようとお考えなのです」
「身近なところから改革していくのはいいけど、それだけのことをしようと思ったら大変そうだね。若い王様なのに頑張るね」
「はい。最初は反対派が多かったそうですが、アントネッロ卿の助力によって改革が進んでいると聞いております」
今は出なくなった美声を思い出してジンが頷く。
「あぁ。あの声でお願いされたら反対できないね」
「はい。声だけではありませんが、アントネッロ卿の影響力は大きいですから。そのせいか、物騒なことを考える者もいまして……」
女性の話を遮るように高見台にある鐘の音が響く。その音に女性が慌てて周囲を見た。
「もう、こんな時間ですか?大変!」
女性はジンに対して優雅に膝を折って微笑んだ。
「楽しい時間をありがとうございました。私は所用がありますので失礼させて頂きます」
「え!?あっ!ちょっと待って!」
ジンの叫び声を無視して女性が足早に立ち去る。
「これ外してほしかったのに……」
そう呟くとジンにとどめとばかりに大粒の雨が突き刺さるように振ってきた。
「……究極の嫌がらせだよね、これ」
ジンは諦めたように大人しくなった。
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