第15話 宴会
町外れにあるデルヴェッキの屋敷は、城の近くにあるファツィオの小さな屋敷の倍以上の広さがあった。
そこでファツィオの結婚を祝ったパーティーが催された。
そのためジンは、またしても見た目より力持ちの執事によって、そのパーティー会場まで椅子に括(くく)られたまま運ばれていた。
当然、目的はファツィオの通訳として、だ。本来なら結婚を祝われる立場でもあるのだが、それは本人が屍のまま断固として拒否した。
些細な抵抗か、ジンは会場に入っても通訳の時以外は一切口を開かなかった。そしてパーティーの出席者たちもジンについて誰も言及しなかった。
ジンの外見は正装に身を包んだ普通の優男だ。だが、その目が、琥珀の瞳が、全てに絶望して生気を失い、負に包まれていた。
生きる屍から進んで、腐敗する一歩手前の状況となっていたのだ。そのため誰も近づかないし、存在を無視している。
そんなジンを椅子ごと代車に乗せ、そこから伸びている紐をファツィオが引っ張って会場内を移動している。その光景は犬を散歩しているようであった。かなり善意的に見て、だが。
ファツィオは挨拶に来る出席者と生き生きと会話をしていた。声を出しているのはジンだが。
しばらくして主催者であるデルヴェッキが会場に現れ、一番にファツィオの所にやって来た。
「やあ、よく来てくれた。アントネッロ卿」
『本日は私のために、このようなパーティーを開いて下さり、ありがとうございます。こんなに沢山の人に祝ってもらえるとは思っておりませんでした』
声を出しているのは屍となっているジンだ。しかも、ちゃんと声に抑揚がありファツィオの感謝をしっかりと表現している。
そんなファツィオの挨拶にデルヴェッキが上機嫌で答える。
「いや、いや。喜んでもらえてなによりだ。みんな君が同胞となってくれることを期待している」
そう言うとデルヴェッキは指を鳴らした。その音に華やかに会話をしていた出席者たちが黙ってデルヴェッキに注目をする。
そこに従者の一人が大きな箱を会場の真ん中に持ってきた。
「本日は祝いの席ということで、私からアントネッロ卿にささやかながら贈り物を用意した」
『それは、それは。私のような若輩者に、お気遣いありがとうございます』
「何を言うか。貴殿と私との仲ではないか。さあ、開けてくれたまえ」
どのような仲にもなった記憶はない、という心の声は一切表に出さずにファツィオは答えた。
『では、失礼します』
ファツィオは人一人入れるほどの大きさをした箱の蓋をためらいなく開けた。
その瞬間、ファツィオの前で七色に輝く光とともに鳩と宝石が天井に向かって飛び出した。その光は天井にかかる虹となり、雨の代わりに宝石が降り注ぐ。その中を純白の鳩が優雅に飛んでいる。
『おぉ!』
その光景に思わず驚きの声を出したファツィオだが音は出ていない。律儀にジンが代弁したのだ。
相変わらず目は死んだ魚のように濁っているが、ファツィオの口の動きは見逃さないらしい。
思わぬ豪華な演出に出席者から賛辞の言葉があがる。
「さすが、デルヴェッキ卿」
「素晴らしいわ」
「このような演出は見たことがない」
自然と拍手が起こり、デルヴェッキが満足そうに笑う。ファツィオは降り注ぐ宝石を浴びながら微笑んでデルヴェッキを見た。
『素晴らしい贈り物をありがとうございます。さすがデルヴェッキ卿。良い趣向ですね。私では、とても思いつきません』
「なに、これから我らの同胞となる貴殿のためだ。これぐらい、当然のこと」
いつの間にかデルヴェッキたちの仲間入りが決定事項となっている話し方だが、ファツィオは気にした様子なくにこやかに微笑んでいる。
その姿にデルヴェッキはファツィオの右手をとり、両手で握った。
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