第16話 検問
五十歳過ぎたおっさんに両手を握られて密かに顔を引きつらせているファツィオに、デルヴェッキは真剣な眼差しを向けて言った。
「賢明な貴殿なら分かるはずだ。どちらに付くことが自身の未来にとって優良なことか。もし王が不慮の事故でなくなった場合、貴殿は一人になるのだからな」
『おや、それは物騒な話ですね。まあ、もし王が不慮の事故でなくなられても王太子がおられますから、問題ないと思いますが』
「いや、いや。王太子は子どもだ。とても国をまとめることなど出来ない。それより王妃に再婚していただく方がよろしいでしょう。王妃は音楽と歌を愛されている争いがお嫌いな方だ。国のためにすぐに再婚して頂けるでしょう。幸い、再婚候補者は多くいますからな。お好きな方を選んで頂けばよい」
『そういえばデルヴェッキ卿のご子息は独身でしたね。年齢も王妃と近い』
ファツィオの指摘にデルヴェッキが謙遜したように笑う。
「いや、いや。我が息子など、まだまだ……ただ、その機会はこの場にいる全員に等しくあるということですよ」
デルヴェッキの言葉に出席者たちの目が光る。まるで王が不慮の事故で死亡することが確定しているかのような雰囲気だ。
「王は近々、大体的に監査を入れるそうだ。新法に従っていない者は罰せられ、最悪の場合は領地が没収される。我々には時間がないのだよ」
デルヴェッキが両手を離す。ファツィオは右手に握らされた小瓶に視線を落とした。
「同性婚を報告した貴殿とて他人ごとではないぞ。同性と結婚した時点で貴殿の血を引く後継者が残せない。そのことを理由に領地を半減、もしくは没収される危険がある。そのような未来を避けるためにも、貴殿の力が必要なのだ」
デルヴェッキの力がこもった瞳にファツィオが残念そうに微笑む。
『ですが、私が出来ることなど、何もありませんよ』
「なにを言う?王が信頼している貴殿だからこそ、近づけるのではないか。そして、王が愛用している香の中にその液体を混ぜるだけで良いのだ」
『ですが……』
ファツィオが言葉を返そうとしたところで、複数の無遠慮な足音と従者の叫び声が響いてきた。
「お止まり下さい!宴会の最中でございます!」
従者による停止の呼びかけも虚しく、会場への入り口のドアが荒々しく開けられた。
「全員その場を動くな!第二騎士団による検(あらた)めである!」
そう叫びながら会場に入ってきたのは頑丈な鎧で身を固めている騎士団だった。
突然の登場に出席者たちがざわめく。後ろめたいことがあるのか近くの入り口に飛びついた人もいたが、そこからも鎧を着た騎士団が侵入してきた。
「抜刀の許可も出ている!抵抗すれば無傷では済まないぞ!」
そう言って会場内を睨む騎士団長にデルヴェッキがおずおずと声をかける。
「あ……あの、何の検めですか?今宵はアントネッロ卿の結婚祝いをしていただけですが」
その言葉に団長がデルヴェッキに視線を向ける。それだけでデルヴェッキは顔を引きつらせて後ろに下がった。
「そなたがデルヴェッキ卿か?」
「は、はい」
「ここで王の暗殺計画の会合をしているという密告があった。よって検める」
「なっ……」
顔を真っ青にして魚のように口をパクパクさせているデルヴェッキを置いて団長が部下に指示を出していく。
「全員の名前と持ち物を確認して詰所に連行せよ!女とて例外ではないぞ!」
「そんな!」
「汚らしい手で触れないで!」
「イヤ!」
「私を誰だと思っているの!?」
キャーキャーと叫ぶ夫人たちの甲高い声に団長のこめかみが引きつる。
「五月蠅い!とっとと連れていけ!」
その光景を眺めながらファツィオは腕を組んだ。
『さて、どうしましょうか……って、通訳しなくていいですよ』
誰もファツィオの言葉など聞く人間のいない状況でもジンは通訳を続けている。
「……」
ファツィオの意見にジンは答えず、椅子に括られた屍のままだ。そこに団長が声をかける。
「おい、そこの二人。おまえたちも来い」
『はい、はい』
ファツィオは紐を引っ張り、ジンを連れて持ち物検査をしている列へと並んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます