第17話 牢獄
『さて、本当にどうしましょうかね?』
ファツィオの声は言葉にならずに消える。
いつも通訳しているジンの姿はなく、ファツィオは石で頑丈に作られた暗い部屋にいた。いわゆる牢獄だ。
毒薬入り小瓶を持っていた上に、デルヴェッキが暗殺計画はファツィオが言いだしたものだと濡れ衣を着せてきた結果により、現在に至っている。
『こんな所に長居したくないのですけどね』
どこか他人事のようにファツィオが口を動かす。だが、それは声になっていないため、その思いは誰にも届かない。一応、何か訴えたい時のために筆談用の紙とペンが置いてある。
ファツィオがその紙とペンを横目で見ていると一人の男が近づいてきた。
「やあ、アントネッロ卿」
そこには薄暗い牢屋とは場違いな豪華な衣装に身を包んだイラーリオがいた。まるで、どこかの劇場の舞台で主役が登場したように堂々と歩いてくると、ファツィオがいる牢獄の柵の前で足を止めた。
ファツィオはペンを握ると紙に何かを書くと、口を動かしながらイラーリオに見せた。
『どうして、このようなところに?』
その文字を読んだイラーリオは不敵に笑うと両手を広げて言った。
「あれから私は貴殿の声を治すために、いろいろと調べてね。そうしたら面白い事実が判明したよ」
ファツィオは嫌な予感がしたが黙って続きを促した。
「貴殿の声には魔法がかけられているそうだね。だから、貴殿の声を奪った者を我が屋敷に招待したよ」
イラーリオのとんでもない発言にファツィオの細い目が開かれる。
「始めはどうやって彼女を我が屋敷に招待しようか考えていたのだが、貴殿が捕まり屋敷が差し押さえになってね。行き場をなくしていた彼女を我が屋敷に招待したのさ。着飾った彼女は私を満足させるほど美しくなったよ。やはり美しいものは、いいね。心に潤いを与える」
自分の言葉に酔いしれているイラーリオに、ファツィオは走り書きをした紙を突きつけた。
『ここには、どうやって入りました?』
「あぁ。見張りの兵にちょっと小金をやったら、すんなり入れてくれたよ。と、貴殿はそんなことを気にしている場合ではないよ。このままでは王の暗殺を計画した首謀者として処刑される」
イラーリオの言葉にファツィオは驚きもせずに黙った。それは予想範囲内のことである。
そんなファツィオをイラーリオは面白そうに見た。
「そ・こ・で。私のモノにならないかい?そうすれば、私が助力して貴殿の無罪を証明しよう」
『どうやって証明をするのですか?』
ファツィオが書いた文章を読んでイラーリオが微笑む。
「もともと王の暗殺計画はデルヴェッキ卿が計画していたのだろう?ならば、その事実を証拠とともに提出すれば良いだけだ」
『そういうことですか』
ファツィオは質問だけを紙に書いてイラーリオに見せた。
『何故、そこまで私を欲するのですか?』
「それは当然、貴殿の声だよ。貴殿の声を私だけのモノにする。それは私の悲願でもあったからね。そのために彼女を我が屋敷に招待したのだ。貴殿も来てくれるだろう?」
『わかりました』
ファツィオはにっこりと微笑むと鉄格子の隙間から手を出して、完全に油断しているイラーリオの腕を掴んだ。
「なにを……!?」
イラーリオが気付いた時には牢獄の中にいた。そして、先ほどまで自分がいた場所にファツィオが立っている。
「どういうことだ!?」
両手を頭に乗せて大袈裟に驚いているイラーリオにファツィオが音のない言葉をかける。
『ジン殿に教えてもらった異世界の魔法ですよ』
ファツィオはそう言うと、そのまま姿を消した。
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