第8話 昼食会

 白いテーブルクロスがかかった長いテーブルの端と端にジンと王は座っていた。テーブルの中央には豪華な花が飾られており、お互いの顔は見えない。


 現状にジンが軽くため息を吐いていると、遠い正面にいる王が声をかけてきた。


「ジン殿、今日はよく参られた。異世界の料理には負けるであろうが、我が国の伝統料理を用意させた。料理長も今日はジン殿が来られるからと……」


 少し大きめの声で話していた王の言葉が止まる。それはジンの突然の行動のためだった。


「……ジン殿、いかがなされた?」


 ジンは王が話している最中であるにも関わらず、いきなり立ち上がると自分が座っていた椅子を持ち上げて歩き出した。


「ジ、ジン様?」


 後ろに控えていた従者が慌ててジンを止めようとする。だがジンはそれを無視して王の方へと歩いていった。


 ジンの唐突な行動に王の後ろに控えていた騎士が抜刀しようとしたが、それを王が素早く止める。


 王が静かにジンの行動を見守っていると、ジンは王の近くに椅子を下ろして、そこに座った。


「これで声が聞きやすくなった。さっきの場所だと話す時も大きな声を出さないといけないから不便だったんだよね」


 前代未聞のジンの行動に全員が唖然とした。王に仕える者として厳しい教育を受けてきた従者たちですら口を半開きにして間抜け面をさらしている。


 時が止まってしまったかのように硬直している空間で、ジンは何事もなかったように王に訊ねた。


「で、さっきの話の続きは?」


 普通に話すジンに王は額を押さえて俯いた。そのまま微かに肩を震わせている。


「調子が悪いのかい?」


 王を気遣うジンだが敬語は一切ない。そのことに唖然としていた周囲の従者の表情が険しくなる。睨みが入った視線を浴びてもジンに動揺した様子は見られない。


 一方の王は何か吹っ切れたように満面の笑顔で顔を上げた。


「そうだな。話を聞くために食事に招待したのに、あのように遠くでは話も満足に出来ない。いや、ジン殿の行動は実に合理的だ」


「これぐらい普通だよ。それより、この世界って非効率的なことが多すぎだと思う。そんなことをする理由を聞いたら、伝統とか、昔からの決まりとかで、まったく自分達で考えずにやっているんだから」


「そう思うか?」


「とっても」


 ジンの回答に王が満足そうに頷く。


「私はそのような習慣の中で育った。そのため改革をしたくても、その習慣に囚われて、よい案が浮かばないのだ。ジン殿が持つ異世界の知識と自由な発想で私を助けてくれないか?」


 王の願いにジンは顎に手を当てて悩んだ。


「そうだね。王様は晩餐会を二人だけの昼食会に変更してくれるぐらいの柔軟性はあるし、話ぐらいならしてもいいかな。財布の主からのお願いは聞いとけってファツィオにも言われたし」


「財布の主とは何だ?」


 王の当然の疑問にジンが軽く答える。


「私がこの国に滞在している費用を払ってくれている人のこと」


 その言葉に従者全員の片眉が跳ね上がる。人を射殺せそうな視線がジンに突き刺さる中、当事者である王は怒るところか面白そうに笑った。


「確かにその通りだ。では、財布の主の言うことを聞いてくれるか?」


 王の態度にジンは少しだけ琥珀の瞳を丸くしてから微笑んだ。


「今までの王様は、みんなこの辺りで怒っていたんだけど、君は違うみたいだね」


「事実を言われて怒るのは間違っているだろう?それでも怒るのは、それを恥ずかしいことと思っているからか、間違っていると分かっているからだ。だが、私は恥ずかしいと思うようなことや、間違ったことはしていない。自分の行動に責任を持っているからな。それと私の名はパトリィツォ・ラ・アルガ・ロンガだ。パトリィツォと呼んでくれ」


 王の名乗りに周囲が慌てる。異世界から召喚されたとはいえ身分を持たない個人に王が名を呼べと言うなど、ありえないことだ。


 だがジンはこのことの重大性が分かっているのか、いないのか、飄々とした態度を崩さずに言った。


「うーん。でも、みんなの前で名前を呼んだら王様の威厳が下がるから、こういうプライベートの時だけ名前で呼ぶようにするよ。みんながいる時は王様って呼ぶけど、いいかい?」


 ジンからの意外な提案に従者たちの目が丸くなる。しかし王は予想していたように口角を上げた。


「やはりジン殿は智者であったな」


「ただの異世界人だよ。それに、私もジンでいいよ。パトリィツォ」


「ではジン。これからも私のよき話し相手となってくれ」


「いいよ」


 頷くジンの前に料理が運ばれてきた。


 給仕がテーブルに野菜がたっぷり入ったスープを置いて説明をする。


「トマトをベースにしたスープでございます。肉は子ウサギを使用しており、数日間煮込んでおりますので、ほとんど噛まずに食べられます」


「へぇ、私の世界と同じような料理だ。この世界にも赤いスープがあるんだね」


「我が国は食材が豊富にあり、料理に関しては他国より抜きんでていると自負しているのだが……はたしてジンの口に合うかな?」


 王が見つめる前でジンがゆっくりとスープを口に運ぶ。そして、ゆっくりと口の中でスープを味わって飲み込むと、琥珀の瞳を大きくしてスープを眺めた。


「……驚いた。本当に私がいた国の料理と似ているよ。また、この味が食べられるなんて嬉しいな」


 素直に喜ぶジンに王の顔もほころぶ。


「気に入っていただけたなら良かった」


「これが食べられるなら、また昼食会に呼んでほしいぐらいだよ」


「では、是非そうさせてもらおう。ジンには相談したいことが山ほどあるからな」


「えー、話し相手じゃないの?」


「相談という話の相手だ」


「それって詐欺って言わない?」


「言わぬ。言葉が足りなかっただけだ」


 断言する王にジンが納得したように頷いた。


「うん。間違いなくパトリィツォはファツィオの上司だね」


「あのような腹黒と一緒にされては困るな。私を財布の主と言ったのもアントネッロ卿だろう?」


「そう」


「まったく。アントネッロ卿は公爵家である自覚が不足しておるな」


「でも、そこがファツィオの良いところだと思うよ」


「そうだな。アントネッロ卿も古い習慣に囚われるような人間ではない。私が必要としている人材の一人でもある」


「なら、大事にしないとね」


「わかっておる」


 そう言って顔を合わせた二人から、どちらともなく笑みがもれる。


 昼食会はこうして和やかに過ぎていった。


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