第30話 葬儀

 ジンの魔法のおかげか王妃は余命一~二年と言われてから三年を無事に過ごしていた。しかし体力は少しずつ衰え、ここ数日はベッドから体を起こすことも出来なくなっていた。


 広い部屋は淡いクリーム色で統一された家具が並び、温かな雰囲気だ。その中心には大きなベッドがあり、金髪の女性が一人で眠っている。

 そして、そのベッドの隣には椅子に座ったジンが静かに女性を見つめていた。


 碧い瞳を閉じている時間が長くなった女性はゆっくりと目を開けて隣を見た。そこには昼夜問わず、椅子に座ったジンがいる。


 女性の目が覚めたことに気が付いたジンは優しく声をかけた。


「気分はどう?何か食べる?」


「あなたのおかげで、とても楽です。食事はいりません」


 そう言うと女性は大きく息を吸って微笑んだ。


「私の我が儘を聞いて下さって、ありがとうございました。一足先にあなたが生まれた世界でお待ちしておりますね」


 この言葉にジンは琥珀の瞳を丸くした。自分が異世界の人間であり元の世界に還りたいと願っていることを女性には一度も話したことがなかったのだ。


「どうして……そのことを?」


「好きな人のことは全部知っていたいと思うのが女心ですよ。レンツォのこと、お願いしますね」


「君の子だ。私にお願いしなくても立派に育つよ」


「そうですね。あなたの子ですもの。……最期にお願いがあります」


「なんだい?」


「私の名前を呼んで下さい」


 ジンはそっと女性の右手を両手で包み込み、優しく耳元で囁いた。


「ルーナ」


 その言葉に月の女神と同じ名を持つ女性は満足そうに微笑むと、再び眠りについた。二度と目覚めない眠りへと。





 その日は国中の鐘が鳴り響き、王妃の死を全国民に知らせた。


 詩と歌と平和を愛し、華やかなことを苦手とした王妃のために、葬儀は国王家にしては珍しく近親者のみの密葬とした。それでも出席しようとする者は多く、城の一部を開放することとなった。


 葬儀に出席しようとする者の多くは一度も王妃と顔を合わせたことのない人間だった。そもそも病弱なため外交どころか国内でも顔を出すことがほとんどなかった上に、お飾りの権力しか持っていない王妃と積極的に交流しようという人間はいなかった。


 そんな王妃の葬儀に出席しようという人間の目的はただ一つ。そんな交流のない王妃の死を悼んでいるという慈悲深い自分の姿を王に売り込むためだ。


 そんな浅知恵を見抜いている王は王妃の葬儀の出席者は厳選した。その中にはジンやリア、ファツィオも含まれている。





 王妃の死の数日後に行われた葬儀は静かに進行していた。


 格式張った見送りの儀が行われ、王から王妃を称える言葉が送られた。あとは個人が王妃へ贈り物をして最後の別れの言葉をかけるのみとなっていた。


 一人一人が王妃の眠る棺の中にユリの花を入れて最後の言葉をかけていく。普通なら、ここで故人が好きだった物も一緒に入れていくのだが、王妃が好きだった物を誰も知らないため全員が花だけを入れていた。


 厳粛な雰囲気の中、ジンの番が来た時に周囲が少しだけざわついた。王妃の回復に全力を注ぎ、最期を看取ったジンに全員が注目する。


 ジンはゆっくりとユリの花を捧げると、後ろ手で無造作に自分の髪を掴んだ。


 その行動に参列者たちが注目していると、ジンは右手に風の魔法を発動して首から下にある髪をバッサリと切った。


「え?」


「なに?」


「どうして?」


 ジンの突然の行動に葬儀に参列している人が驚くと同時に、頭上から黒づくめの刺客が二人現れた。


「キャ!」


「危ない!」


 護衛の騎士が動くより先に刺客がジンの首を狙う。ジンは髪を切った場所から魔力が放出されており、魔法で身を守ることが出来ない。


 刺客たちが自分の任務の達成を確信した時、突然竜巻が現れて動きを封じられた。


「最期の別れぐらい静かに見守りなさいよ」


 刺客たちが振り返ると魔法を発動させたリアが不機嫌そうな顔をしていた。そんなリアにジンが視線を棺の中に向けたまま話す。


「ありがとう、リア。でも彼女の前で血を見せるようなことは止めてね」


「そうね。彼女には刺激が強すぎるものね」


 そう言うとリアは軽く指を鳴らした。それだけで刺客二人組の姿が消える。


 刺客たちの姿を探している護衛騎士にリアは言った。


「地下牢に送っといたから。しっかり尋問しといてよ」


「は、はい!行くぞ!」


 数人の護衛騎士が慌てて走り出す。


 雑然とする中でジンは自分が切った髪をそっと棺の中に捧げた。


「君になら、あげてもいいよ。私の世界で待っていて」


 そう言って微笑んだジンは一度だけ俯くと、何かを吹っ切るように颯爽と振り返った。その背中には先ほど首元の長さにまで切ったはずの白金の髪が揺れている。


「何、その髪?もう、そんなに伸びたの?」


「そうなんだよ。元の長さになるのに一日もかからないんだ。困った髪だよ」


 答えながらジンが髪を首元で一つに結ぶ。それは、いつもの飄々としたジンの姿だった。


「そう。じゃあ、お別れも済んだし、帰りましょう。あ、ファツィオはさっきの刺客たちについて調べといてね」


 リアについて帰ろうとしているジンをファツィオが止める。


「まだ出棺の儀が残っていますよ」


「私はこれで十分だよ。それに騒がせてしまったからね。責任を取って退席させてもらうよ」


 ジンが王に視線を向けると、遠くで護衛に囲まれているにも関わらず、了承の意味を込めた頷きが返ってきた。


 その光景にファツィオも頷く。


「わかりました。ですが、またいつ襲われるか、わかりませんからね。くれぐれも注意して下さい」


「わかったよ」


 こうしてジンとリアは大勢の参列者に見送られて葬儀を後にした。

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