第6話 小さな屋敷の当主の癒し
イラーリオの相手で無駄な疲労をしたファツィオは屋敷内を歩いていた。
『疲れましたね。こういう時は……』
ファツィオが癒しを求めて小さな屋敷の中庭に出ると、そこでは白いテーブルの上に数種類のクッキーと紅茶を並べている美女の姿があった。
「あら、丁度いいタイミングで来たわね。一緒に食べる?」
「よろしいのですか?」
背筋がゾクゾクするような美声が中庭に響く。
美女は満足そうに微笑みながら言った。
「やっぱり、その声はいいわね。どれだけ聞いても飽きないもの」
「ありがとうございます」
悠然と微笑むファツィオに美女が近づく。
「どこか不服そうね」
「そう見えますか?」
「えぇ。不満があるなら、ちゃんと言いなさい。で、ないと無理やり言わせるわよ」
そう言って美女が人差し指でファツィオの胸を突く。
「それは困ります。あなたのほうが魔力は強いのですから、私など簡単に操られてしまう」
「なら、素直に言いなさい」
「では、一つだけ」
そう言うとファツィオは自分の胸を突いている綺麗な白い指を両手で包みこんだ。
「気に入られたのは声だけですか?」
その質問に美女は意味ありげに軽く笑った。
「年下のくせに生意気なことを聞くのね」
「あなたが言えと言われたのですよ?」
「本当、生意気ね」
大木の木陰の下。手入れが行き届いた庭で季節の花々が咲き乱れ、甘い匂いが漂っている。その中で屋敷の主が美女の手を握りしめ、見つめ合っている。
とても、とーても、とーてーも、他人が入りにくい雰囲気垂れ流しの状況であるにも関わらず、それはフラッと現れて声をかけてきた。
「あ、もしかして私はお邪魔だったかい?」
ジンの突然の出現にも、ファツィオは美女の手を握ったまま顔だけを向けて口を動かした。
『お邪魔ではありませんよ。丁度お話したいことがありましたので』
声のない言葉にジンが苦笑いを浮かべながら美女を見る。
「リア、いい加減にファツィオの声が出るように魔法を解除したらどうだい?」
「あら、本人はそのことに不満を感じていないのだから、このままでいいじゃない」
リアと呼ばれた美女が平然と話す姿を見てジンが諦めたように言った。
「ファツィオもファツィオだよ。リア以外の人がいる場所では声が出ないように魔法をかけられても、それを平然と許容しているんだから」
『リア殿も読唇術が使えますので、このような場合でも私が話していることは伝わっていますし、仕事については筆記でやりとりできます。何か問題がありますか?』
良い笑顔で問いかけるファツィオに、ジンが思い出したように訊ねた。
「王様には大熊を退治した時に喉を傷めたってことにしていることは?」
『それは王が勝手にそう思われただけです。私は何も言いませんでしたから。もちろん嘘も言っておりません』
「確かにそうだね。大熊を退治した時にリアが魔法をかけたから声が出なくなったけど、そのことについては何も言っていないから嘘は言っていないね。言葉が足りなかっただけで」
『そういうことです』
ファツィオが満足そうに断言する。
とても二十歳を過ぎた程度の若造が王にするような言動ではない。むしろ、このことが王や周囲の人間に知られた時のほうが恐ろしい。不敬罪で最悪、死刑となってもおかしくない。
そのことを知っているジンは軽く肩をすくめながら言った。
「まったく。その若さでその神経の図太さはどうかと思うよ」
『あなたには負けますよ。話している相手が王と知ってからも態度をまったく変えなかったのですから』
「そうかな?」
『はい』
軽く笑い合う二人にリアがテーブルを指さした。
「とりあえず、続きはお菓子を食べながら話さない?」
「そうだね」
リアの提案で三人は庭でティータイムを始めた。
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