第2話 熊と美女と優男

 道の先に立っていた美女は、周囲にある木々の葉よりも生命力に溢れた緑の瞳をしており、太陽のように黄金色に輝く金髪を無造作に一つに結び上げていた。服装は動きやすさを重視しているのか男物を縫い直したものだが、どんなドレスで着飾った貴婦人よりも輝きを放っている。


 強烈な印象を植え付けられた青年は一目で美女から目が離せなくなった。


 その美女が何かを踏みつけていようと。


 その足元に道幅と同じ大きさのクレーターが出来ていようと。


 その隣で今から解体でもするかのように、大小様々な包丁を取り出している男がいようと……


 と、ここでさすがに青年は我に返った。


 青年が軽く頭を横に振って、もう一度目の前の光景を確認する。


 外見の美貌とは不釣り合いな恰好で美女が害獣である大熊を片足で踏みつけている。当然、大熊は絶命しており、踏みつけ続ける必要はどこにもない。


 そして、その隣では三十歳ぐらいの男が袋の中から大小様々な包丁を取り出していた。包丁を道端に並べるのも問題だが、青年は別の問題に思考が奪われた。


 大小あるうちの小の包丁はまだ良い。袋に入るサイズだ。だが、問題は大の包丁だった。


 大の包丁は全て袋より大きい、もしくは長い。どうやっても袋から出る……いや、袋を切り裂いて出るサイズだ。

 だが袋に破けたところはなく、男が袋に手を入れるたびに、袋より明らかに大きいサイズの包丁が出てくる。


 青年が唖然としている前で、男はどこか楽しそうに包丁を並べていた。色素が薄い長い金髪を編み込んだ姿と、琥珀色の瞳が包丁に映っている。温和な優男といった雰囲気だ。


 美女がそんな優男に声をかけた。


「今日のご飯は熊鍋?それとも熊の丸焼き?」


「どちらでも良いよ。残りの肉は燻製にして保存食にしよう」


「それも良いけど、町で売ってお金に換えたら?この国の通貨は持っていないでしょ?」


「あぁ、そうだね。じゃあ、半分は町で売ろう。毛皮も売れるといいね。あ、足どけて。血抜きするから」


 道のど真ん中で本格的に大熊の解体を始めようとしている二人組に、青年は慌ててストップをかけた。


「待って下さい。あまり使われていない道とはいえ、いつ誰が通るか分からない場所での解体は困ります」


 青年の言葉に優男が軽く首を傾げる。


「どこでなら解体しても良いかな?それに、すぐに血抜きしないと肉の味が落ちるんだけど」


 解体することは譲れないらしい優男に青年が穏やかに提案する。


「とりあえず、その大熊はそのまま私が買い取りますので、ここでの解体は止めていただけませんか?」


「それでもいいけど、このまま捨てるのは止めてよ。勿体ないから」


「モッタイナイ?」


 初めて聞く単語に青年が首を傾げる。今まで話していた優男に代わって美女が説明をした。


「この熊だって命があったのよ。それを私たちの都合で殺したのに、それをそのまま捨てるなんて熊に失礼でしょ?」


 失礼と言っているが美女の片足はまだ大熊の上にある。さすがに優男が苦笑しながら、そのことを指摘した。


「踏みつけといて、それを言うかなぁ?追い払うだけでも良かったのに、とどめを刺したのも君だけど」


 のんびりと話す優男に美女が鋭い眼光を向ける。


「小さいことは気にしない。第一、私を狙った時点で終了なのよ。私の気分を害した罪は重いの」


「目が合っただけなのにね」


 運が悪かったね。と、優男は視線だけで大熊に語りかけた。


 完全に二人にペースを持っていかれている青年は、人当りが良いと評判の笑顔を作って提案をした。


「では、熊はすぐに猟師に渡して解体してもらいましょう。お二人には熊を退治していただいたお礼に我が家へ招待したいのですが、いかがですか?」


 青年の提案に優男が美女にお伺いを立てるように視線を向けて言った。


「私は構わないけど……」


 一方の美女は青年を頭の先から足の先までジロジロと見ていた。それは、もう青年に穴が開くのではないか、というほど。

 実際、これだけ鋭い視線を浴びて青年は胃に穴が開くのでは、と感じていたが。


 微妙な沈黙と空気が流れる中、青年はどうにか笑顔を維持したまま声を出した。


「お嫌でしたら、無理にとは言いません。大熊を仕留めて頂いた報酬と買い取り代金をお渡ししますので、あとはお好きな宿に泊まって……」


「その声!」


 美女が人差し指で青年の口を塞ぐ。


「他の人に聞かせるのは勿体ないから、私以外の人とは話さないように!」


「んん!?」


 口を塞がれているため青年は声が出せなかった。そして美女の無茶ぶり発言と行動を優男は慣れた様子で眺めていた。


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