第28話 愛の形
ジンが王城の廊下を歩いていると後ろから足音が聞こえてきた。
とても急いで走っているように聞こえたので、ジンは立ち止まって廊下の隅(すみ)に体を移動させようとしたところで声をかけられた。
「ジン殿!」
つい聞き入ってしまいそうなファツィオの美声に呼ばれてジンが振り返る。と、同時に言葉と拳が飛んできた。
「歯、食いしばれ!」
普段のファツィオからは考えられない雑な言葉とともにジンの頬に拳がめり込む。そして、慣性の法則に従ってジンの体が部屋一つ分先まで吹っ飛んで倒れた。
「よし!」
自分の仕事に満足したファツィオは、魔法で強化した拳を軽く振りながらジンに背中を向けて歩き出した。
「ちょっと待って!殴ったまま放置って、ひどくない!?」
殴られたことに対しての抗議ではなく、その後のことについて抗議するところがジンらしい。
ファツィオはそう考えながら振り返って黒い笑顔を浮かべた。
「私は誰かさんと違って忙しいのです。これ以上は何も言いませんので、お好きにどうぞ」
左頬を赤くしたジンが軽く笑う。
「わかったよ。それにしてもファツィオはパトリィツォ想いだね。わざわざ代わりに殴りに来るなんて」
床に座ったままヘラっと笑うジンにファツィオがにっこりと微笑んだ。
とてもとても穏やかに微笑んでいるのだが、ファツィオの背景には何故か猛吹雪の雪山が見える。
ファツィオは自分とジンを囲むように魔法陣を出現させた。この魔法陣の中にいれば、どんなに大きな音でも外にいる人間には聞こえない。
一応、周囲に人がいないことも確認するとファツィオはジンを睨んで怒鳴った。
「あなたは!自分がしたことを分かっているのですか!?その意味を!あなたは王妃の命を縮めたのですよ!!」
ファツィオはこれでもか、という程の怒りを込めて怒鳴っているのだが、美声であることが災いして聞き惚れてしまいそうになる。
美声の思わぬ欠点が見つかったが、ジンは飄々とした態度のまま答えた。
「うん。このままだと一~二年の命だって。でも、もともと余命は十年なんだって医師に言われていたって本人が教えてくれた」
「そこまで知っているなら、どうして!?」
ファツィオからの尋問にジンが視線を床に落とす。
「それが彼女の望みだったんだ。目に見える形で欲しいって。たとえ自分の命を縮める結果になっても……」
「だからと言って、なんでも叶えることが相手にとって良いこととは限らないのですよ!」
「わかっている。でも、どれが最善の選択なのかは誰にも分からないと思うよ」
ジンの投げやりに近い言葉に、ファツィオは思わずジンの襟首を掴んで迫った。
「あなたは!?あなたにとって、これが最善の選択だったのですか!?」
「……私にとっては最善ではなかったよ。ただ彼女には……私が彼女に出来ることは、これぐらいしかなかったから」
消えそうな声で呟くジンにファツィオは一番気になっていたことを聞いた。
「愛しているのですか?」
「彼女とともに、この世界から消えたいぐらいには」
ジンの答えを聞いてファツィオは魔法陣を消した。
今回のことで一番悩み、傷ついたのはジンだ。相手から望まれたこととはいえ、少しでも長く共に生きたい相手の寿命を縮めてしまったのだ。
ファツィオが思い出したようにジンに質問をした。
「確か、ジン殿は治癒魔法を使えましたよね?」
ジンが首を傾げながらも頷く。
「あぁ。そこそこ使えるよ」
「では、その無駄に強い魔力を王妃の体調回復に使って下さい。何もしないよりはマシでしょう。王には私から報告しておきますので」
ファツィオの言葉に最初は驚いていたジンだが、いつもの飄々とした顔で笑った。
「ありがとう。やっぱりファツィオは優しいね」
「褒めても何も出ませんよ」
「そう?残念」
そう言って立ち上がったジンはいつもと同じように見えたが、表情にはどこか影があった。
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