第32話 異世界召喚された勇者が、その国を出て他の国に定住した理由

 ジンが王城に怒鳴り込んでいた頃。


 小さな屋敷の中庭で優雅にお茶をしていたリアは、目の前にいるファツィオに声をかけていた。


「それにしても王様も思い切ったことをしたわね。王族の子どもをジンに預けるなんて」


「第三皇子の賢さと魔力の強さは城内でも扱いに困っていましたからね。丁度良かったのでしょう」


「ジンがうまく子育て出来るか、そっちのほうが心配だけど」


「案外、上手かもしれませんよ」


「そうね」


 リアが面白そうに笑いながら目の前にあるケーキを食べる。


「そういえば、こちらの準備もようやく整いました」


「なんの準備?」


「私たちの結婚式の準備です」


 ファツィオの発言にリアがケーキにフォークを突き刺したまま固まる。


「いつ、そういう話しが出たかしら?」


「四年前、気に入られたのは声だけですか?と訊ねた時に返事がなかったので、全てを気に入って頂けたと解釈して準備しておりました」


「それだけで、そこまで好意的に解釈するなんて。しかも準備に四年もかけたの?」


「あなたのウェディングドレスや周囲を飾る材料などを集めるのに、思ったより時間がかかりまして。王は質素倹約を推奨していますから、少しずつしか集められなかったのが一番の原因ですが、妥協は一切していませんよ。あなたを飾るのですから、全て超一級品でないといけませんからね」


「そこまでくると執念を感じるわ」


「ありがとうございます」


「別に褒めていないから。でも……まあ、いいわ。ここは結構、居心地がいいし不満はないし」


「そういえば、どうして召喚された国から出てきたのですか?あの国にいれば一生、贅沢をして暮らしていけたのに」


 リアはケーキを一口分すくい取っていたフォークを皿に置いて叫んだ。


「あそこはね、デザートが最悪だったのよ!デザートと言えば甘ったるいほど甘くしてあって、甘ければ良いってもんじゃないわよ!しかもスポンジの舌触りはザラザラして食べる気がしないし、クリームは硬くてベチャっとしているし!クリームに色を付けてカラフルにしているものもあるけど、それだけで味の違いなんてありもしない!しかも新作のデザートが出るのが数年に一回って、どれだけ種類が少ないのよ!と、いうか、あんなデザートで満足しているって、どれだけ向上心がないのよ!?」


 そこまで一気に言うとリアはフォークを持ってケーキを口に含んだ。それだけで眉間に寄っていたシワは消え、幸せ絶頂の笑顔となる。


「それに比べて、この国は良いわ。しっとりとしていながらも、ふんわりと空気を含んだスポンジ。甘すぎず空気を含んだ、柔らかく滑らかな口どけのクリーム。フルーツの味を存分に生かした味付け。職人は常に新作を考えているし、なにより質が高くて飽きがこない。この国のデザートは申し分ないわ」


 たかがデザート、されどデザート。一生の贅沢と引き換えにして国を出たリアにファツィオが微笑みかける。


「では、式は来月にしますね。ドレスは出来上がっていますから、あとは微調整だけですので」


「あら、試着せずに私の体型がよくわかったわね」


「ここの従者たちは優秀ですから」


「ここまでくると優秀より恐ろくなるわよ」


「それは普通の人の意見ですよ」


 ファツィオの意見にリアがクスリと笑う。


「そうね。私としたことが、普通のことを言ってしまったわ。それにしても、王妃は最期までジンのことを考えていたのね」


「どうして、そのように思うのですか?」


「自分の居場所を求めているジンに帰れる場所を作ったから」


「それは第三皇子のことですか?」


「えぇ。自分の居場所を求めて、ひたすら自分の世界に還ろうとしているジンにこの国に帰れる場所を、帰りを待っている人を作った。文字通り命懸けで」


 リアの言葉にファツィオが頷く。


「そうですね。ですが、どうしてジン殿はあそこまで自分の世界に還りたいと思うのでしょうか?誰か待っている人や会いたい人がいるのでしょうか?」


「いないわ。召喚された時にジンから聞いたんだけど、自分の世界では親族はいなかったって。自分を待っている人もいないって」


「でしたら、どうしてあれほど自分の世界に還りたいと思っているのですか?」


「本人曰く、還れないからこそ無性に還りたくなる、ですって。無い物ねだりに近いと思うけど、故郷が無性に恋しいと思うようになったそうよ。この世界にとって自分は異端であり、居場所はどこにもないって。でも第三皇子がいるから、この世界にも帰る場所は出来たわ」


 リアの説明にファツィオが納得する。


「そうでしたか。ですが、王妃はジン殿の居場所を作っただけではありませんよ。微笑の魔人と呼ばれる勇者をアルガ・ロンガ国に定住させた。ジン殿を恐れている周辺諸国は簡単に我が国に手出しは出来ません。これは国を愛した王妃にとって、一石二鳥の策だったのでしょう」


「あら、それだとファツィオは国のために私を愛した、ということかしら?」


 拗ねたように首を傾げるリアの頬をファツィオが優しく撫でる。


「まさか。私は一目見た時から、あなたの虜です。二つ名や国など関係ありません」


「知っているわ」


 二人はお互いに満面の笑みを向けると、そっと唇を重ねた。






 ファツィオとリアの結婚式はファツィオの領地で質素に行われた。少人数で派手さはないが手作り感にあふれた家庭的なものとなった。


 ただ一点、リアが着ていたウェディングドレス(王都に家一軒建てられる価値あり)を除いて。

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