第10話 侵入者

 首都にある小さな屋敷に客人を迎えて十数日が過ぎた、ある日。


 長期休暇が終了して城勤めを再開したファツィオは、自宅である小さな屋敷に書類を持ち帰り、事務仕事をしていた。

 もともとファツィオは、今まで家に仕事を持ち帰ることはしていなかった。仕事とプライベートの時間をキッチリと分ける主義のファツィオは、家に仕事を持ち込みたくなかったのだ。


 だが、その信念を曲げたのは、客人として招いているリアと一緒に夕食をとるためであった。定時には城を出て帰宅するため、自宅で出来る仕事は持ち帰ってすることが多くなっていた。

 ちなみに仕事時間内に仕事が終わらないのはファツィオの能力が低いからではなく、単に仕事量が多いためだ。ファツィオは公爵家であり貴族の位では王族の次に高位となる。だが、そのため嘆願書や決済などの書類仕事が多い。

 しかもファツィオはその書類を部下に任せることはせず、全て目を通しているのだから時間はいくらあっても足りない。


 本人曰く


「情報は、どんな武器より強い」


 と言って、どんな些細なことでも把握しようとするのだ。




 そんなファツィオが夜の闇の中から聞こえてくる微かな音に耳を傾けながら書類にサインをしていると、控えめなノックが響いた。


「夜分に失礼します。ご報告がありますが、よろしいですか?」


 声が出ないファツィオは了解の合図代わりに鈴を鳴らした。清んだ高い音色に導かれるように執事が部屋に入り一礼をする。


 その姿にファツィオは音が出ない口を動かした。


『外が賑やかでしたが、その報告ですか?』


 ファツィオの口の動きを読み取った執事は静かに経過を報告した。


「はい。賊に見せかけた密偵が三名、屋敷に侵入しようとしました。侵入前に発見しましたので、捕獲しようとしましたが、逃げられたそうです」


『逃げられたのは残念ですが、ここには大事な客人がいますからね。騒ぎは外でしてもらえると助かります。どこの密偵でしたか?』


「様子からして国内の密偵かと思われます」


『では、そこらへんの貴族連中の密偵ということですか。それなら、目的は私でしょう。もう少し好きにさせましょうか。向こうから仕掛けてくれたほうが動きやすくなりますし』


「ただ一つ心配な点が」


『どうしました?』


「密偵の目的は当主と客人の両方だったようです」


 執事の報告にファツィオが面白そうに笑った。


『それは欲深いですね。私だけでなく客人にまで手を出そうとするとは』


「まったくです」


『このことは客人に知られないように。と、言っても勘が良い人ですから、気が付いているかもしれませんね』


「はい」


 同意する執事を見ながらファツィオは少しだけ考えて頷いた。


『では、予定を変更して少し動くとしましょう』


「わかりました」


『報告は以上ですか?』


「はい」


『では、下がっていいですよ』


「失礼いたします」


 執事が音もなく退室する。


『さてと。至急の書類だけ片づけて、次の準備をしますか』


 ファツィオは音のない呟きをすると書類の整理を始めた。


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