第25話 異国の歌

 翌週。


 定例となっている王との昼食会を終えたジンは中庭を歩いていた。すると先週と同じベンチに女性が落ち着かない様子で座っていた。


「やあ、約束通り来てくれたんだ」


 微笑みかけたジンに対して女性は過剰なほど体を硬直させた。それでも、どうにか顔には笑顔を浮かべて答える。


「え、えぇ。約束ですもの。あなたも書いてきました?」


「ちゃんと書いてきたよ。完璧には覚えていなかった歌もあるけど、思い出せる範囲で書いてきた」


 そう言ってジンが女性に紙の束を渡す。


「こんなに?うわぁ……」


 女性は嬉しそうに紙の束を受け取ると大切そうに一枚、一枚に目を通していった。


「我が国と似た歌もありますが……この歌は面白いですね。同じ単語ばかり出てきます。この単語はどのような意味があるのですか?」


「それは確か、人の名前だったと思うよ。愛しい人の名前を呟いたり叫んだり、とにかく溢れてくる感情をその人の名前にのせて歌うって聞いたことがある」


「とても感情的な歌なのですね。あ、これは港で夫を待つ女性の心情を歌ったものですね?このような歌は我が国に多くあります」


「私の国も海に囲まれていたから、同じような歌が多いのかもしれないね」


「そうなのですか?やはり歌を作る時は、その土地や風土が影響されるのですね」


 女性が今までに見せたことがない生き生きとした表情で饒舌(じょうぜつ)に話す。碧い瞳を輝かせながら、ゆるくウェーブがかかった金髪を揺らしている姿は十代の少女のようだ。


 そんな女性を見ながらジンはベンチに腰かけた。昼食の時に肉に添えてあったポテトを調子にのって食べ過ぎたため胃が重いのだ。


 だが女性はそんなジンの様子など気付くことなく何度も紙を読み直している。


「あぁ、この歌にはどのような音楽が共に流れるのでしょうか」


 感極まったように呟いた女性の言葉にジンが首を傾げる。


「じゃあ、歌おうか?」


 ジンの申し出に女性は思わず苦笑いをした。あそこまでの音痴だと原曲など見る影もないため、想像も出来ない。


「いえ、あの、その……楽譜とかがありましたらいいなぁ、と思いまして。それでしたら自分で歌えますので……」


 女性がしどろもどろしながら苦しい言い訳をするが、ジンは気にした様子なく少し考えて頷いた。


「じゃあ、楽譜を覚えている歌は書き出してくるよ。ただ、この国と楽譜が違うから教えないと読めないと思う……」


「本当ですか!?」


 夢見る少女のように瞳を輝かした女性がジンの言葉を遮って眼前に迫る。ジンはのけぞりながら頷いた。


「ああ。いいよ。でも、覚えているのだけだから、数は少なくなるよ」


「いいです!異国の歌が、それも楽譜が見られるなんて、考えただけで……」


 女性がそのまま立ちくらみを起こして倒れるのではないかという表情になる。


「ここで倒れないで!意識をしっかり持って!でないと、楽譜を書いてこないよ」


 ジンの最後の一言で女性の足に力が入った。


「それは困ります。一度した約束は守って頂かないと」


「じゃあ、次は君の番だね」


「え?」


 呆けた声を出した女性は自分の約束を思い出して顔面が蒼白になった。


 忘れていたわけではない。いや、ジンに歌詞が書かれた紙をもらってからは忘れていたが、それまではしっかり覚えていた。


「えっと、そのぉ……ここで、ですよね?」


「他に良いところがあるなら、そこでもいいけど?」


 ジンの言葉に女性は少し考えて首を横に振った。この中庭は綺麗に手入れをされているが意外と人がこない穴場的な場所でもある。しかも出入り口が限られているため、そこにさえ注意しておけば誰かが来てもすぐに分かる。


 人に見られることなく歌うのに、ここ以上に最適な場所を女性は思いつかなかった。


「わかりました。では、あの……この前、拾って頂いた紙に書いていた歌をうたいます」


 この日までに何度も自室で練習をした女性は、意を決したように胸の前で両手を握って声を出した。


 その瞬間、


「はい、ダメー」


 ジンからの思いがけない中断に女性が目を丸くした。

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