第34話 星
「あり、ポロスの兄貴はん?こんな所で何をしてますのん?」
「……ん、あぁ、ニードル。見ての通り寝ているのさ。最近よく眠れていなかったしな」
『いばらの森』の真反対に位置する、通称『お花畑』。しかし普通の花畑とは違い、一輪一輪の花が血のような赤や、濃い紫に青を混ぜたような毒々しい色が多い。その為、花々を見ても心が癒されることはなく、むしろ気疲れする。だが大きな利点として、森の中にいるモンスター達も此処に近づくことはなく、束の間の休憩場所としては当てはまらないようで最適であるのだ。
ポロスは大きく口を開け、獣の雄叫びに似た欠伸をした。そして閉じられていた瞼を擦りながら体を持ち上げる。ニードルは
「兄貴はんは遊戯の真っ最中な筈でやろ?果報は寝て待て、とは言いますけど、流石に今寝たら大変ちゃう?負けても知らへんで」
───まぁ、
ポロスは質問には答えずに、近くにある花を手で弄ぶ。紫の花弁と赤の花弁が掌の中で、踊っている様な錯覚を受けた。
しばらくの沈黙が二人を包んだ。あるのは心地いい風のせせらぎと、芳醇な花香。目を閉じてさえいれば、ここは天国にも匹敵すると思えるほど快適な場所であった。
唐突にポロスは、先程まで掌で遊んでいた花をぐしゃりと潰す。手中にあった花弁は紫苑色から茶色に変色し、地面へ吸い込まれる様に落ちていった。
興味が失せた様にポロスは顔を上げ、初めて視界にニードルを入れる。花弁で遊ぶのに飽きたのか、それとも眠いだけだったのか。今となってはわからずじまいだ。
「……すべき事はもう全て終わってるさ。後はアイツらが罠にかかるのを待つだけ。時間の問題だな」
「はゃ〜〜!流石、
「褒めるなよ、照れるだろ」
ニードルはシシシ、と独特の笑い方をする。細い目を閉じながら笑うその仕草は、何処か蛇に似ている様に思えた。
「……元からこの遊戯はな、俺にとって有利に出来てるんだぜ」
「んん?どう言うこっちゃ?」
「まずこの遊戯のルール、『時間無制限』てのがデカイな」
俺はいくら遊戯が長引いても痛くも痒くも無い。一年でも十年でもやっていられる。なぜならここにしか居場所がないからだ。
だがアイツらは違う。『早くここから出たい』と思っている程度には、帰りたい居場所があるのだ。
「焦り、不安。それらは遊戯に限らず、何をするのにも足枷になる感情だ。まず土台から俺と餓鬼達にはこんだけの差があるんだよ」
「なるほどなぁ。あんな小さいお子ちゃま達がこんな不気味な所来て怖がるんは、しゃあないしなぁ」
「所詮アイツらは、どちらに転ぼうと敗北の未来しか待っていない。森のボスモンスターに食い殺されるか、この迷宮で年を取って野垂れ死ぬかの二択しかないんだ」
───だから、あいつらが勝手に自滅していくのを高みの見物させてもらうんだよ。
ニヤニヤと口角を上げ、捕食者の笑みを浮かべたポロス。
ニードルは無言でポロスの胸ポケットから葉巻を勝手に取り出すと、魔術で火を付ける。そして煙を肺に吸い込むと、口から竜の息吹の様に煙を吐き出した。一連の動作をポロスは腹をたてる事なく、ただ眺めている。
「
「世間一般には、お前みたいな奴をお節介クソ野郎って言うんだよ」
「クソは余計やろ、クソは」
また蛇の様な笑い方をするニードル。しかし瞳には薄っすらと悲哀の色が映っている事にポロスは気づいていた。お互いに、何となくだが言いたいことはわかっている。
「……汚い大人になってしまいましたなぁ、お互いに」
「そりゃあ、生きてりゃ泥や返り血の一つや二つ付くさ。後悔して綺麗になるモンでも無いだろ」
「シシシ、あのお子ちゃまの言う通り、俺達は確かに欲と血で塗れた臆病者で、敗北者やしなぁ」
「あぁ、だが臆病者は臆病者なりに譲れねぇモンがある。それを守るためだったら俺は敗北者でも臆病者でも良いさ」
ポロスは貼り付けていた笑みを仮面を取り、射抜く様な視線を空中に向ける。黄金の瞳から発せられるその何者も寄せ付けないライオンが如き風格に、ニードルは喉を揺らし唾を飲んだ。
「……
ニードルは目元を隠す様に手を当てて、項垂れた姿勢をとる。鼻をくすぐる花畑の香りも今となってはどうでも良くなっていた。
「あーあ。お子ちゃまを殺すのを躊躇ってたら、俺があんたを殺してやろうと思ってたんやのに、それじゃあ つまらんなぁ〜」
「前の俺だったら躊躇してたかもしれんが、今は吹っ切れちまってな。殺すのはまた今度の機会にしてくれ」
先ほどの気迫から一転、ケラケラと柔らかくかつ豪快に笑うポロス。
「へいへい、じゃあ俺はもう行きますわ。
「減らず口は全然直んねぇな、お前」
「これぐらいの欠点があったほうが、愛嬌があると思われるんやで。おっさんの
ベェ、と長めの舌を出しポロスを揶揄う。しかし突然ニードルは、真面目な表情を浮かべ瞬時に鋭い目をした。
「あぁ、言うの忘れとったんやけど『いばらの森』に強力なな呪いがかけられてたで」
「───なに?」
「前まであんな強い呪術なんてかけられて、無かったはずやのになぁ。どんな呪術かは今、アエロが調べとるで」
「……そうか、ご苦労」
ほな これで、と言ってニードルは花畑を抜け、森へ駆け込んでしまった。残されたポロスは花々の上にドサリと倒れ込み、暗闇の空を見上げる。
星も光らない空には、端から端まで黒一色だ。慣れていたはずだが、改めてマジマジと見ると飲み込まれてしまいそうな感覚に襲われる。
星というのは重宝されるもの、という話を聞いたことがある。昔の旅人は星の位置を記憶し、それを頼りに迷うことなく旅をしていたと言う。
この迷宮には星がない。それが、なにを意味しているか、何となく悟った気がした。
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