第24話 職業変更


「遊び人?」

「あ、えと……はい。あなたに向いている職業は 遊び人 でした」


鏡の間を出て、祈りの間にて診断書は渡された。その部屋には懺悔室の様なもので、部屋の壁に大きな十字架が一つだけあるという飾り気のない部屋だ。


診断書を渡してきた、どこか申し訳なさそうに自分を見る神父に嫌気が差す。手元にある診断書には 遊び人 について事細かく書いてあった。


適正 遊び人

遊戯を好み、遊び慣れている人間。遊び好き。放浪者。ギャンブラー。

運の良さ以外のステータスが極端に低く、呪文も一切使えない。またモンスターより人間を相手にした方がレベルは上がりやすい。(この場合、戦いではなくゲームでの勝敗にてスキルアップする)


「……そんなふざけた職業があるのか。初耳だな」


ジルは額のシワを一層深くして、診断書を睨んだ。エミリーだけが唯一、この診断書を見て喜んでいた。だがその理由も 見たことのない職業だから、というものだ。


「その正直言うと……落ちぶれて、どこの職業にもつけなくなった者がなる職……です」


なんとなく気まずい沈黙が教会に流れる。教会の庭にある木々のせせらぎが聞こえてくるレベルに、皆黙ってしまった。


「じゃあ俺の職業はこれで頼む」

「はい、今すぐ診断書の再発行を……え?」


だが俺には、何がダメなのか全く理解できなかった。


「元々、職に就こうとは思っていなかったしな。遊び人(ニート)なんて面白い職業があるなら、むしろ俺から就きたいぐらいだ」


診断書の記名欄に名前をサインし、口をこれでもか というぐらいに開けている神父に手渡した。

診断書に名前を書いた、ということはその職業に就くと同意した事になる。あとは神父が認知の判を押せば、契約成立となるのだ。


「何を……言っているんだ!」


ジルは頭に血管を浮き上がらせながら、近くにあった木製のテーブルを蹴り飛ばす。テーブルは壁に激突し、木片と化してしまった。神父はヒィッ!と情けない声を出し、オロオロと背後へ後ずさる。エミリーも驚いたように背を震えさせ、こちらを見つめてきた。


「なんだジル?俺の決めた職業に何か文句あるのか?」

「あるもなにも……!なぜ、そんなくだらない決断ができる!?お前は魔術の天才だろう!なぜその才能をわざわざ棒にふるんだ!」

「いちいち騒ぐな、暑苦しい」


ため息を吐き、俺は手前にあった祭壇に腰をかける。横を見ると、ジルから渡されたものと同じ聖書があった。それに視線を落とす。


「ジル、お前は俺を『魔術師』にしたいんだったな。なぜだ?」

「……お前は魔術師としての全ての能力を、その齢で持っているからだ。努力も、才能も、知識欲も」


どこか焦ったように、早口で喋るジル。そこには今まで見たような冷静沈着なジルは、どこにも居なかった。


「ジル……それ以上虚言を吐くな」

「なぜだっ!?嘘など……!」

「お前も気づいているだろう。俺には……圧倒的に神への信仰心が足りない事に」

「……っ!」


ジルが目を見開き、苦痛の表情を浮かべ唇を噛み締めた。唇は切れ、赤い血が白い床へと吸い込まれてゆくように溢れ落ちる。


「俺は神を信じない。そして神は信仰心のない俺には救済魔術を与えない」


そう、この世界は信仰心がない者には魔術が殆ど使えない、という大変不愉快不都合不名誉な規則ルールがあるのだ。

調べたところによると普通の人間だと八割程、魔術の威力が激減するのだ。当初は人間に転生したせいで魔術が弱くなったと思っていたが、まさか神に拒まれていたとは思いもしなかった。


「っだが!現に今、お前は魔術を使えているだろう!まだ、救いの余地はある!」

「だとしてもそれは魔術師では無いからだ。お前が言ったんだろう、魔術師は信仰心が全てだと」

「ぐっ……!」


魔術の効力は普通の人間では八割激減。では魔術師だとどうなるのか。答えは十割。全ての魔術が使えなくなるそうだ。まぁ、魔術師は神の使いとも言われる神聖な職業だ。薄々だが感じてはいた。


「これ以上、喋ることはない。俺は俺のやりたいことをするまでだ」


祭壇から降り、震えている神父に改めて診断書を渡す。ジルは無言でドアを蹴破り、教会から出て行った。

ガタガタと震える腕で、神父は判子を押す。


「ほ、本当によろしかったのですか?ジルさんはとても怒っておりましたが……」

「あいつに了承得る必要はない。あいつとは……ただの教師と生徒の関係だ。特別親密な訳ではないしな」


神父と話していると、エミリーが少し震えた腕で背後から抱きついてきた。そんなにジルが怖かったのだろうか?


「エミリー、どうしたんですか?貴方は希望通り領主に適正が出たようですね。おめでとうございます」

「リュウ、ほんとうにいいの?」

「……はい?」

「だってあれだけ、まじゅつの"べんきょう"してきたのに……」


エミリーは今にも泣きそうな声で、俺の服を握りしめた。顔は見えないが、どういう顔をしているのかなんて瞬時に察することが出来る。


「大丈夫ですよ」


そう言って無理やり笑顔を作る。だが、胸の奥にはグツグツとしたモノが煮えたぎる様な感覚に襲われた。


そうしてこの日を境にリュウは、村人から遊び人へ。エミリーは村人から領主見習いへ職業変更クラスチェンジをした。







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