第2話 その日の夜
夜─────
様々な激務をこなし、王室へ戻ってきた魔王。セバスにコートを渡し、ふかふかの羽毛ベットに倒れこむ。
「……ふぅ」
余程今日の激務に答えた様だ、と他人事の様に思った。身体は重力を上乗せされたように重く、キシキシと悲鳴を上げている。
壁に立てかけてある鏡を見ると、目の下に黒いクマが出来ている情けない自分が映った。
「今日も大変お疲れ様でございました。よくお休みに……」
「御託は良い。早く部屋から出て行け」
その姿に横たわっていると言えども、威圧感が伝わってくる。いつでもお前を殺すことが出来る、と言われている気分になる圧倒的な威圧感だ。
「……はい。失礼致します」
扉は丁寧に閉められ、魔王は1人となった。
すると先程の疲れていた姿が嘘の様にベットからガバリと跳ね起き、近くにある杖を手にし呪文を唱える。
「『ループ』」
すると魔王の足元に紫の魔法陣が発現し、魔王もろとも一瞬で消えた。消える瞬間、ほんの少し笑っていたのは本人にも自覚がないだろう。
同じ時刻 天空の島──────
夜になり宴をしていた竜神族は、いきなり現れた魔王に次々と腰を抜かした。
「ひ、ひええええ!!魔王様 !??」
「なぜ魔王様がここに !?」
ざわざわと騒ぎが騒ぎを呼び、パニック寸前になる。魔王は慣れたように杖を地面に叩きつけた。それだけの行為に周りの野次馬は全員、水を打ったように静かになる。
「……黙れ愚民ども。サラマンダーは何処にいる」
紫の瞳であたりを見渡しただけで小さな悲鳴が聞こえてくる。しかし水を打ったような静寂が祭り襲う中、ポツリとドラゴン族の娘がモジモジと言った。
「あ、あ、えと……さっき神殿に入っていくのが見えました」
「そうか」
聞くと、早歩きで神殿へ向かっていく魔王。
つい先程まで華やかだった宴が通夜の様な雰囲気になってしまった。なんとも無情なものだ。しかし祭りをぶち壊した当の本人はそれに気づいていないのだろう。
ドラゴンの神殿へ入り、しばらく歩くと星空が見える大広間へ出た。大広間には天井が無い。ドラゴンの長であるサラマンダーがいつでも飛び出せるようにと、神殿の天井をぶち抜いたそうだ。
広間の中へ入ると、山一つ分ほどの赤いドラゴンがこちらを見据えていた。星空を覆い隠す様な大きな口の牙をギラギラさせながら、面白そうに笑う。周りにいた使用人達は、そそくさと大広間から姿を消した。
「グワッハッハッハッハッ !!!相変わらず宴をぶち壊すのが得意じゃのう、友よ !」
「魔王とは恐れられるものだ。賞賛と受け取ろう」
魔王は満月の夜を背景に黒いマントをなびかせ笑う。笑顔になれたのはもう何十年、何百年ぶりだろうか。
「変わっとらんのう。三千年ぶりの挨拶としては、ちと嫌味じゃの気もするがな」
「そう言うな。お前の好きな酒も持ってきてやったし、これで勘弁してくれ」
苦笑いをしながら《収納空間》から出した酒に、サラマンダーの目の色が変わる。
「おおおお!!それは愛しき東洋の酒ではないか!!?晩酌にぴったりだ」
「最近、我も忙しくなってきてな。魔王城で晩酌をするとセバスに怒られるのだ。まぁ、そんな事をする時間もないがな」
「グワッハッハ !!そう言うことか !まぁ、良い。せっかくの満月だ、楽しもうぞ !」
こうして魔王とドラゴン
「ブッッハァァァ!!やはり酒は美味いのう !」
「ああ、全くだ。睡眠時間を削ってきたがいがあったと言うものだ」
それから彼らは他愛のない話を続けた。自分達の近況、今までの事など語り合い馬鹿騒ぎというやつをしていた。お互い身分が身分な為、この様に酒を飲める機会は限られているのだ。魔王もこの時は頬を緩める。
「それで ?今回は何の嫌な事が起こったんじゃ ?」
魔王は目をほんの少し見開き、サラマンダーを見つめた。サラマンダーはその視線を気にする仕草も見せず、酒を大量に飲むだけだった。
「…………はて ?何のことやらさっぱりだな」
「嘘をつくでない。お前が酒盛りをしたがる時は、決まって嫌な事があった時じゃ」
グワッハッハ!と笑いながら言うサラマンダーに魔王は苦笑する。何万年と長い付き合いであるサラマンダーには何もかもお見通しの様だ。
「……お前には隠し事が出来ないな」
先程まで整っていた銀髪である前髪をグシャグシャと掻き回しながら、困った様な顔をする。普段は威厳を出す為、髪を上げているがその髪型も今は形が崩れてしまった。
そしてそこには魔王では無く、ただ一人の男として、魔物としての表情があった。
「無理にとは言わん。しかし弱音を言える時に言わないと、後々大変じゃぞ〜」
サラマンダーのからかう様な素ぶりに、今度は魔王は笑い出した。牙をむき出し、幼い少年の様な笑みだ。
「はっはっは!じゃあ言わせてもらうがそこまで重大じゃないぞ。ただ仕事量が多過ぎて少しくたびれてしまっただけだ!」
「フム……、お前が仕事で弱音を吐くとは珍しい事もあるもんじゃのう」
サラマンダーは赤く鋭い爪で酒を器用に飲みながら首をひねる。
「何処かに息抜き出来るような所は無いか?セバスが追いかけて来れないような所が良いんだが……」
「むー ?……それじゃったら冥王ハーデースが特別な異空間に行く奇妙な機械を発明したと言っていたのう」
「ほう…… ?」
魔王に頭に生えているツノがピクピクと動く。興味がある時に出る癖だ。しかし言うと怒り出すので、あえて気づかない振りをしながら続きを話すサラマンダー。
「なんなら今すぐにでも行ってみるがいいじゃろう。要らないから壊すとも言っていたからの−−」
「それを早く言え !!馬鹿サラマンダー !!」
怒鳴り散らし、しかしちゃっかりと最後の酒を一杯飲みながら転送魔術を発動した魔王。
紫の魔法陣と共に魔王が消えた後、ボソリとサラマンダーの独り言が寂しく神殿に響く
「……誰かに頼るという術をさっさと覚えた方がいいのう、あの
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