第6話 隠居生活満喫中


────そうしてオーガ森に住んで五年が過ぎた。




「……んん〜、今日もよく寝た」


窓から差し込む朝日の光に照らされ、元魔王の男が目を覚ます。青紫の瞳や銀髪が光で反射している姿は、魔王と言うより神々し石像かと言う方があっているだろう。

五年前とは違い、筋肉もつき随分と前の体に近くなった。体を動きやすくする為、実験を兼ねて体に簡単な魔術を施したのだ。おかげで体調はすこぶる良い。


男はベットの上で朝飯を食べながら指をパチンと鳴らすと、着ている服は白衣に変わり大量の魔術本が周りを埋め尽くした。無理やり朝食を口に詰め込み、喉を鳴らす。そしてすぐさま魔術書を手に取った。


「さて、今日は何を研究しようか?」


平和な森に住み、暇を求め暇を極めた魔王は前の世界からの趣味である魔術研究やモンスター研究に没頭していた。

魔王である時は世界の全ての答えを知っているがゆえに馬鹿らしかった研究も、何もわからない世界に転生した事により出来るようになった。

知らない何かを知りたい。その欲求は転生したこの世界で誰よりも持っているだろう。しかも自分は結果ではなく、過程が好きなのだ。こうでもない、ああでもないと考えている時間に快感を覚えるのだ。そして正にそれは今の状況である。魔王は木のイスに座りながら頭を悩ませた。


「うーむ?魔術なら昨日研究したばかりだしオーガ森のモンスターの研究をしたいが……

捕まえられぬな」


ぐぬぬ、とうなる魔王。

────ここに住んでいるスライムや他のモンスターはあまりにも弱すぎる!!

魔王オーラからなのか滅多に我の前に姿を現さないし、捕まえようとしても触れただけでショック死してしまう。研究をしようとしても出来ないとはもどがしすぎる!!


机をガンガン!と叩き苛立ちを隠せない魔王

メキョ、と嫌な音をして机か真っ二つになる。しかしすぐに机を錬金し、何も無かった様にそこに生み出す。


三年間ずっと我慢していたモンスターへの探究心が溢れ出してしまっている様だ。

それもそのはず。魔王はモンスターが警戒しない様に一年、二年と根気よく待ち続けた。

しかしいくら待っても警戒を解かないモンスター達。むしろ悪化していってる様にさえ感じる程だ。


「……さすがに五年待って無理だったら無理だろう。仕方ない、あきらめると……」


その瞬間。ピクピクッと魔王の耳が動く。

--十キロ先に人間が五人……。侵入者か?


魔王が隠居ニート生活の五年間の中で森で拾った汚い魔術書を見て生み出した魔術は途方もない数である。今使われている探知魔術もその一つだ。




探知魔術──────

魔術が使われている範囲に足を踏み入れた生物の情報を魔術使用者に知らせる。知らせ方は位置や数などの情報を頭の中に流す事に加え映像を目の前に、生物の音声を耳に、など多岐にわたる。

だが映像の時は一時的に目の前が情報しか見えなくなり、そのせいで足の小指をベッドの角にぶつけているので魔王は頭の中と音声派だ。


頭の中に情報が流れ込み、男達の話してる音声が聞こえてくる。どうやら商人の様だ。


『おいおい、あんまりその森に近づくな。一度入ったら帰れねぇらしいぞ』

『本当か!?怖ぇ怖ぇ……。次の町まであと少しだし頑張らねぇとな』


『そういやぁ、これから向かうリザード城下町てのは少し変わっている所なんだろ』

『ああ、なんでも弱体化する魔法石ってやつが売られてるらしい。最近モンスターが頻繁に町や村を襲うから使うらしいぜ』

『確かにそいつを使えば俺たち商人でも、モンスターを討伐出来そうだな』



────弱体化?…………まてよ、その魔法石を自分に使えば……スライム達を捕まえて研究出来るかもしれない!!?


魔王は嬉しさのあまり無意識にオーガ森を威圧してしまった。魔王の感情が高まると出てしまう悪い癖だ。


『うおおお!!なんだなんだ、モンスター達が森から逃げてくぞ!!』

『なにかやばいバケモノが居るのかもしれねぇ!早く逃げろォ!』


商人達は一目散に森から離れていってしまう。しかしそれに気づかない程度には、今の魔王はテンション、バイブルが上がっているのだ。


「……ようやくモンスターの研究が出来るのか」


その笑い顔に純粋さは微塵もなく、まさに魔王という様な顔を男はしていた。人間にしては鋭い歯を見せ、肉食獣のような笑みを浮かべる。


しかしふと、冷静さを取り戻す魔王。威圧スキルを引っ込め、森のモンスター達のざわめきが聞こえなくなる。


「……むむ。しかし魔王という事が人間どもにバレたらめんどくさいな。俺の快適隠居生活が台無しになってしまう」


魔王が求める隠居生活は、穏やかに魔術やモンスターの研究をしながらオーガ森で暮らす事。人間どもが攻めてきたら、勿論もちろん千倍返しにする自信はあるが快適であるオーガ森を破壊されるのは良い気分ではない。


「……ふむっ!幻影魔術を使えばある程度の奴ならば誤魔化せる。それでもバレたら


まるで天気の話をする様に笑顔で物騒な事を呟く魔王。時たまに見せるこの残酷さは、やはり魔王なのだ、と理解させられる。

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