第38話 嘘
「おう、ガキども。どこ行くんだ?」
「……う、げ」
「あ、ポロスおじさんだ!」
自身の口から、なんとも情けない声が出てしまった。自分なりに感情が表へ出ないよう制御しているつもりだが、俺もまだまだの様だ。
「久しぶりの再会だってのに、悲しい反応してくれるなよ小僧。シラけちまうだろ」
「無駄口はいい。結論から言え」
確かにこの世界でポロスと会うのは久しぶりな気がした。体感で二日程度だろうか。なに分、時計が無い為体感でしか測る事ができないのだ。いや、訂正しよう。あるにはあるが、時計としての役割をことごとく放棄しているのだ。ある時計は反時計回り時を刻んだり、ある時計は進みが遅かったり、ある時計は短針と長針の進む方向が真逆だったりと参考にもならないのだ。腹が立ち過ぎて、全ての時計を崖から投げ捨てたのは黙っていよう。
黙々と考え事をしているとポロスは頭を撫でようとしてきた。しかし、済んでのところで避け臨戦態勢をとる。お互いに敵同士であり、この腹黒男は何を仕掛けてくるかわからない。いつでも戦える様、剣の柄を握る。
しかしポロスにとっては腹がたつことに予想通りの反応だったらしく、笑みを深めるだけであった。首を傾げ、耳につけられている紫苑のピアスをつらりと撫でる。
「物騒な奴だな。あいにく、俺はこの遊戯にそこまで張り合うほど本気じゃ無いんでね」
「は、どうだかな。そう言い切る奴ほど、隙をついて襲ってくるものだ」
戦いの基本とは情報の操作である。『彼を知り己を知れば、百戦危うからず』という言葉がある様に、己のことと同様に相手の事を知り、情報をもって支配しなくてはならないのだ。
そして情報操作の中には異端な方法ではあるが、自ら偽情報を漏らすという手段もあるにはある。なのでこの男が詭弁を垂れている可能性も十分に考えられるのだ。
「俺は嘘をつかない男だ。特に約束ごとは死んでも守るぜ」
「信じるとでも?」
「いいや。ただ、言ってみたかっただけだ。正義の見方っぽいだろ」
「下らない」
だが認めるのも癪ではあるが、ポロスの言っていることは本当だろう。話している時の目線、挙動、呼吸のリズム。それら全てを観察してみても騙そうという意志は感じられなかったのだ。
しかしこの男からはおぞましい悪意は感じられなかった。先ほどあれだけ敵意をむき出していたはずだが。急な変わりように少し違和感を感じる。
「はやはや、ポロスの兄貴。あんまり虐めると可哀想でっせ」
「む、ニードルか。ふん、余計なお世話だ」
「厳しいお人やな〜。ニコチンが足りて無いんやありまへんか?」
「ああ、それは
「それは世の常やな〜。酒と女も無限に出てきたらええのになー。男には生きていくための必需品や」
「エミリー、アレらは落ちるところまで落ちた
「んん〜、あんまりしりたくなかったよ〜」
男が下品なギャグを言う時は生物的に元気な証拠というが、限度がある。というかまだ年端のいかない子供の手前で、なんて話題で盛り上がっているんだ。
とりあえず冷めた視線を送っていると、それに気づいたのかニードルは改めるように咳き込む。
「邪魔して悪かったなぁ、嬢ちゃん達。まぁ、気張ってや〜」
ここまで応援する気のない声援は逆に珍しいのではないか、と思う程度にはニードルの声には覇気のなかった。まぁ、俺たちは敵なのだから当たり前だとは思うが。
ニードルはそれ以上応援する気は無いのか岩場に腰をかけ、肩まで伸ばされた髪を一括りにまとめ出した。地上では珍しい翠の髪はスルスルと、いとも簡単に結ばれる。
「あれ?そのピアス、ポロスおじさんとおなじやつだ!なかよし?」
エミリーはニードルが腰掛けた岩場に近づき、パチパチと大きな目を瞬かせた。確かにニードルの耳元にはポロスと同じ形容をした耳飾りが着けられている。今まで髪に隠れていたピアスはキラキラと、存在をアピールするが如く輝いていた。
「ん?あぁ、これは……ここに住んどる番人たちはみんな着けとるで」
「そうなんだ。みんなでおそろい!」
「もうすぐここに来る番人たちもみんな着けとるもんなんや。宝石もなんもついてへんけど、それがまたええんのよ」
ニードルは先程の作られた笑顔とは明らかに違う、少し悲哀の混じった笑みを浮かべた。今の話の流れでなにが悲しいのか、全くわからない。しかし嘘を言っている気配はない、さらにたかがピアス如きの情報は、これ以上得る必要はないだろう。
「まだその生産性もクソもない話を続ける気か。さっさと森に行ってこの下らない遊戯を終わらせたいのだが」
「えー、もういっちゃうの?わたしもピアスほしいよー」
「まだ子供であるあなたには早過ぎます」
そんな事ないもん!、と叫ぶエミリーは頬を朱色に染めている。しかしその行動こそが、未だ子供であると証明している気がした。
「この遊戯が終わったらピアスの一つや二つ、作ってあげますから我慢してください」
「ほんと!?やったやったー!」
エミリーは今日一番の笑みを浮かべた。
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