第39話 怠慢


「では、作戦通りに」

「うん!がんばろーね!」


エミリーは斧を持っていない側の手を挙げ、敬礼の様な動作をし駆けていった。

まだ幼い笑顔には、ここに来たばかりの頃の弱々しい感情は全く写っていない様に感じる。

しかし、それが演技であり虚偽の仮面であることは百も承知であった。


ここに来てからの体内時計が狂っていなければ、三日と半刻をこの狂った世界で過ごしている。

その間万全を期すため寝る間を削り、ほとんど準備に徹してきた。

こちらも命がかかっている為、本気で冷酷にやらざるを得なかった。

大人ならまだしも、年端のいかない少女には堪えるものがあっただろう。

いや、逆にそう感じるのが平常であるはずだ。


だがこの少女は泣き言を決して言わないのだ。

そういえば、と思い出してみると両親や教師に我儘を言うことはあったが、泣き言や弱音を吐いているところは見た事ない気がした。

なぜ、あいつは泣かないのか。

弱さを見せないという見栄でも、泣けないという程無感情でも無いはずだ。なのに、なぜ。


突然、鐘音が辺りに響き渡った。

思考の波から現実へ無理やり引き戻される。カンカンカン、と鉄鋼特有の騒々しい音が鼓膜を通り脳に直接響いた。

───作戦開始の合図だ。


エミリーと自分は二手に別れてボスモンスターを探す事にしていた。

そして離れていてもお互いに伝わるよう、原始的な伝達手段を考えついたのだ。それが音と光という伝達手段だ。


その二つの内の一つ。音の伝達手段──鐘の音───は作戦開始の合図であった。

ちなみに鐘は菓子の家から奪ってきた略奪品だ。まぁ、菓子の家に空き巣に入ったと言うのが正しいだろう。

しかし盗みに入った事は、ポロスには知られている気がする。

それでもニヤニヤと笑いながら煙草をふかしている姿を鮮明に想像し、猛烈な不快感と吐き気を感じた。


……いや、やめよう。余計なことを考えるのは。

ポロスの事も、エミリーの事も悩んでいるのは永遠と答えの出せない問題だ。

全て考えるだけ無駄なのである。答えの出ない問題だと、深淵を覗くようなものだ。

どれだけ目を細めようと、その正体が何であるかは半永久的にわからない。

やはり一つ考え出すと止まらないのは良くも悪くも俺の性格なのだ、変えるのは難しい。よし、考えるのをやめよう。


思考と反省を無理やり終わらせ、森林の入り口らしき場所に移動する。

ここらの森林の周りにはいばらが壁のようにそびえ立っている為、わざわざ入り口へ移動しないと入れない仕組みになっているのだ。はっきり言って煩わしい事この上ないが、今は省略しておく。




☆☆☆


「そろそろ、か……」


一歩、足を踏み入れた。たった一歩。

入る、というよりも様子見のような軽い気持ちで、土を踏みしめた。


その瞬間、警告音の様な石を擦り付ける様なけたたましい音が鳴り響いた。

明らかに先程の合図されたエミリーの鐘の音とは違う、異質なものを排除するかの様な攻撃性のある音。

とりあえず良い事は起きない、という事だけがわかる。


『侵入者発見、侵入者発見。警戒魔術を発動します』

「……うるさい」


鼓膜ごと脳が揺れているのがわかる。

しかも鐘の音とは違い下品な嫌らしい音。カエルの鳴き声の方が何倍もマシであろう。

むしろこの音波こそが、あの音が言っていた警戒魔術なのだろうか?

確かにストレスは溜まるし、精神的苦痛だ。


という冗談はさておき、そろそろ魔術で火や氷、岩で攻撃されるはずだ。

受け止められる防御力は無い為、攻撃されても良いように剣を抜き、構える。

警戒魔術が警戒音だけという安易な術だとは到底考えられないからだ。


「……?」


周りのいばらは微動だにせず、何処からか攻められる動作もない。警戒音は鳴り止み、水を打ったような静寂が訪れた。


発動されているはずの警戒魔術。自らその罠に入った身としては、なぜ何も起きないのか不思議───いや、不安に思った。

今回の作戦において、俺が警戒魔術を対処することになっている。

何も起きないならそれで良いが、明らかに魔術は発動されており、向こう側は必ずこちらを排除してくるだろう。

もう、ここまでくれば答えは一つしかなかった。

────もう一人の侵入者、エミリーの方に魔術が発動した可能性だ。


「……エミリー!!」


少年が変声期前の特徴である少し甲高い声を上げた。

そしてエミリーとの合流地点へと、足を動かす。

呼吸器官が未発達な為か、直ぐに息苦しくなり全身への酸素が足りなくなった。

しかし、それを無視しながら少年は少女の元へ急いだ。


「作戦に一つ二つはズレがあると思ったが……、こんな初期段階でくるとは俺も腑抜けたものだ!」


この見落としはリュウにとって、完全に盲点中の盲点であった。


罠の魔術は総数は両手で足りるほどしか無いし、それら全ては罠の範囲に入ってきた生物に向けられる。

それが常識、それが警戒魔術の全てだと思っていた、愚かにも先程までは。


「……人間の身体は知識の混合、そして忘却があるか」


しかしそれは前の世界での話。

だがリュウは知らなかった。無知であった。そして同時に傲慢でもあった。


人間の身体のことも、この世界の魔術のことも。そんなことは知っていると、無意識のうちに嘲笑っていた。

それが今回の結果に繋がったのだ。




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魔王(チート)で遊び人(ニート)のおじショタですが何か? りゅう @ryuga911

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