第19話 出会い


「ん〜〜♪」


リュウは機嫌よく早朝に、学校の廊下を歩いていた。

もろい木で出来ている床を踏みつけながら、目的地へ向かう。その足は心なしか浮き足立っている様だ。

手には図書室の本が握られていた。




あのよくわからん試合から、もう数日経とうとしている。

エドガー共は自分の事を警戒しているのか、未だに睨んでくるときもあるが、めんどくさいのでスルーしていた。

まぁ、あれで手を出しては来ないだろう。


それに……


「あんな試合で、こんなにも容易く図書室の鍵が手に入るとはなぁ」


チャリン、と銀色の高価そうな鍵を指でクルクルと回す。


この鍵を手に入れた方法は驚く程あっけないものだった。

例の試合を見て、なぜか感動したらしいエイベルが『願いをなんでも聞いてやる!』と言ってきた。ダメ元で普段は絶対には入れない、重要書物を扱っている図書室の鍵を貸して欲しいと言って見たのが元凶だ。

まさか『なんだ!そんな事でいいのか!?』と言ってヒョイヒョイと出してくるとは微塵も思わなかった。



学校の廊下にコツコツと、自分の足音だけが響く。教師はもう来ている時間帯だが、生徒がいないだけで、水を打ったような静けさを感じられた。


「ふぅ……、少し疲れるな」


昔の自分だったら絶対に疲れることのない距離だが、やはり体力も大幅に減ったらしい。

--さっさと、この弱体化魔石のネックレスを外したいものだ。

ハァ、と小さなため息が廊下に響く。





➖➖➖➖➖➖➖



「ほう、ここが図書室か」


しばらく歩いていると、それらしい部屋を見つけた。その部屋の入り口には【重要図書室 ~生徒は立ち入り禁止~】と書いてある。

ふと、ドアノブを見ると小さな鍵穴があった。



ガチャリと手元にある鍵で扉を開けると、たくさんの本や、その心地よい匂いが自分を出迎えた。決して広くは無いが、それでも綺麗に配列されている本はどれも面白そうだ。


コツコツ、と靴音が後ろから聞こえ振り向くと眼鏡をかけ、いかにも司書ですという様な女がそこに立っている。女はこちらを見ると、ニコリと笑った。


「こんにちは。リュウ君ですよね?」

「あぁ、そうだ。本を読まさせてもらうぞ」

「えぇ、話は聞いております。どうぞお好きな様に」


ペコリとお辞儀をすると、近くにあった高価そうな椅子に座り、本を読みだす司書。どうやら、もう話す気は無いらしい。


壁に掛けてある本の配置図を見ると、一番奥の本棚に魔法関連の書物が置いてあるらしい。

今の自分は、昔の魔法の事なら知らない事は無いが、こちらの魔法の事はイマイチわからなかった。それに森で生活していた時に、昔の魔法を使うと別の魔法を発動してしまう事なども、少なくなかったのだ。そして自分はその理由がわからなかった。

なら、選択肢は一つしかないだろう。


一番奥の本棚に来ると、沢山の分厚い本が並んでいた。それに面積も大きいため、持ち運びには手間取りそうだ。学校内での持ち出しは四冊までOKされているのに、これでは良いとこ二冊だろう。


「……むぅ、仕方ないか」


口先を出し、眉をひそめる。自分の不機嫌な時の癖が出てしまう程度には、こんなこともできない自分に怒り、そして落胆していた。

--ちっ。さっさと二冊選ぼう


気持ちを落ち着かせ、改めて本棚を見ると本当に様々な題の本が並んでいた。一重に魔法と言っても色々な種類があり、沢山の使い道や扱い方がある。そしてその一つ一つに本があるとなると、ワクワクして仕方がなかった。

元いた世界でも小さい頃には本喰い虫の様に呼んでいたものだな、と少し感慨にふけていると--ある一つの本に目が止まる。

紅葉の葉の様に小さくなってしまった手で、なんとか引っ張り出した。その本は赤一色でで背表紙と表紙に名前が書いてあるだけだった。

--【上級者向け魔術】、か……


魔術の中でも錬金術は自分の得意魔法であり、この世界に来てからでも使った事はある。ある程度ならあちらの世界の魔法でも使えるが、高等魔術になって来ると、ほとんどの魔法が唱えるのと全然違う魔法で発動したり、最悪発動しない時もザラにあった。


--これを覚えれば、錬金術を全て会得できる事になるな。


その時の自分の顔は、多分だらし無くニヤケていただろう。心の中で一冊目をこれに決めると、自分の身長とあまり変わらない大きさの本を手にし、次の本を探し始める。


--すると後ろから、大きな衝撃に襲われた。あまりの急な出来事に受け身を取れずに前方に転んでしまう。

擦りむいて赤くなった鼻を撫でながらすぐに起き上がると、目の前には見たこともない目に傷があるガラの悪い男が立っていた。その手には先程選んだ錬金術の本が握られている。自分を転ばせたのも、本を奪ったのもこの男だと瞬時に悟ると、頭に血がのぼるのがわかった。大きく怒鳴ろうと、空気を吸い込んだ瞬間--


「なんでガキがここにいるんだ……」


怒りを押し殺した様な、年相応の声が聞こえた。その男は前の自分の身体と同じぐらいの年齢--40歳程の見た目をしていた。

なぜ怒っているのか。回転の早い頭で迅速に今の状況を考えると、一つの馬鹿らしい理由が浮かんだ。

--まさかこいつ、俺が悪戯目的でここに入ったのだと思っているのか?

確かにそう思うのも無理はない。本来ここは生徒の出入りを禁止している。


今騒ぎを起こしたら、色々と面倒だ。

今出来る精一杯の精神力で怒りを封じ込め、その男に反論した。


「ここに入る許可と、本を借りる許可は貰っている」

許可証とやらをペラリと見せると、男はあらかさまに、苦虫を噛み潰したような嫌な顔をした。

「この本……、お前が借りるのか?」

「む?ああ、面白そうだしな」

内心でまず人を押したことを謝れ!!、と思ったが口には出さない。

すると男は人を馬鹿にした様な意地の悪い笑みを浮かべた。

「お前にこの内容がわかるわけないだろう」

「……あ"ぁ"??」

思わず素の怒り声が口から漏れてしまう。だが、それに構わず男は顎髭を弄りながら話すのを続けた。

「見た所まだ四、五歳だろう。この本はお前が理解するのには早過ぎる。違うのを探せ」

男はそう言うと、本を持って背を向けた。どうやら持っていくつもりの様だ。

「……殴り殺すぞ、貴様」

「はぁ?」

だが、そんな事はどうでもいい。今まで自分はここまで人に下に見られた事はなかった。

昔の自分のプライドともあい混ざり、屈辱という感情が頭を占めている。


「おい、お前。表へ出ろ」

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