第27話 ワンダーラビリンス


「……おかしい、ですね」


屋敷と村とは少し離れており、屋敷の周りには雑木林がある。しかし雑木林の中の道は一本しかあらず、迷う者などいない。そして、俺たちはその道を進んできたはずだ。


なのになぜ、目の前の道は二つに分かれている。周りの空気も、いつもより湿気が帯びているような。結論から言うと全てが違和感しかない。

ランプを何度も掲げ道を凝視するが、二つであることには変わりなかった。おかしい、奇妙だ。こんな事、あり得るはずがない。だが、不思議と引き返そうとは思わなかった。


「……進みましょう」

「う、うん」


しばらく進むと、今度は三つに道が分かれていた。本来であればとっくの昔に村に着いている時間なのだが、道の先を見てもあるのは闇。村など微塵たりとも見えないのだ。とうとうこの先に村があるのか、怪しくなってきた。


「エミリー、俺の鞄の中に紫色のロープがあります。それを取り出してくれませんか」

「んむぅ?えっと……あ、これかなぁ?」

「はい、それです。じゃあ持ったまま動かないでくださいね」


エミリーから少し離れたところで、フードの中でうたた寝ていた子ドラを引っ張り出す。あくびをかく子ドラを両手で頭上に構え、適当な雑木に顔を向けさす。


「子ドラ、炎を吹け!」

「キュー♪」


上機嫌な子ドラは口を大きく開け、炎の咆哮をした。近くにあった木々は丸ごと燃え、暗闇の中で轟々と揺らいでいる。

すると現在進行形で燃えている雑木から、影が飛び出してきたのだ。影は自分達の二倍以上ある大きさだったが、炎の逆光のためそれ以外わからなかった。とりあえず生物ではあるだろう。


一目散に逃げる影。だが逃すほど、こちらも甘くはない。俺は出来る限りの声で、エミリーに叫んだ────いや、この場合 怒鳴ったと表す方が的を得ているが。


「エミリー、見てください!敵です、敵ですよ!俺たちに害を及ぼす敵です!」

「えぇっ!?てき?わるいひと?」


エミリーは怯え、オロオロと影を見た。その時、持っていた紫のロープが独りでに動き出す。


「えっ!?あっ!?うごいた!」


紫のロープはエミリーの手から離れ、蛇の様な動きをしながら猛烈に走り出した。そしてその先にいた影を捕まえ、全身を縛り上げる。


「ちょっと!何よこれ!?」


バタバタと影はロープに抵抗しているが、ロープは千切れる気配はない。むしろ抵抗すればするほど、縛りがきつくなるのだ。影から金切り声の様な悲鳴が上がる。

捕縛完了という訳だ。


「リュウ、たいへんだよ!ロープが、あのこをいじめてる!」

「それより炎の消火を手伝ってくれませんか?俺は魔術が使えないので、消すのも一苦労なんです。確か水魔術、会得されてますよね」


先ほど燃やした雑木の炎が、隣の雑木に燃え広がり辺り一帯が燃えてしまっていた。子ドラに雑木林の炎を食べさせているが、火の勢いが強すぎる。このままでは炎もろとも丸コゲだ。


「え、あ、うん。でも……あっちの こ は、だいじょうぶかな?」

「うちはうち、よそはよそです。所詮害虫ですし、今は自分の心配を。さぁ、消火してください」

「う、うん!えーと『ウォータースプラッシュ』!」


エミリーの手から発せらた青い光は、水と姿を変え雑木林に降り注いだ。範囲は狭いが、少しずつ鎮火されていく。


「ありがとうございます、エミリー。お陰で助かってしまいました」

「えっへん!すごいでしょ!ジルせんせいにおしえてもらったんだ!」

「はい、流石ですね」


子ドラも炎を食べ続け、なんとか火は消すことに成功した。


「では先を急ぎましょうか」

「リュウ……、あのこはいいの?」

「……?あぁ、すいません。俺とした事が、記憶から消していました」


未だ縄を解こうと抵抗している影の前にランプをかざす。暗闇の中光に照らされ、影の正体が人間であると知る。


紫苑色の髪に赤の瞳。首には銀のピアスを施してあり、顔のソバカスが印象的だった。そして少し膨らみが寂しい胸。美女とまでは行かない、平々凡々の女だった。だが、村にはこんな人間はいなかったはずだ。


「ちょっと!早く縄をほどきなさいよ!私を誰だと思っているの!?」

「ふむ、これは大物が狩れましたね。今日は大盤振る舞いですよ、エミリー。人肉は炒めても、焼いても、煮るも良し。骨は出汁を取り、スープにも出来ます。暫くは食料に困らないでしょう」


彼女エミリーの方へ出来る限りの笑顔で顔を向けると、苦笑するようなぎこちない笑みで返してくる。

そして同時に縛られている女の顔から、明らか血の気が引いていった。軽い嫌味のつもりだったが、抵抗が大人しくなり、あれ程睨んできた瞳も今は地面に向いている。


「冗談です。しかし有言実行という言葉もあるので、あまり苛立たせないで貰いたい」


腰にかけてある剣を、女の首元に持っていくと 面白い程首を口を閉ざした。本当は拷問の一つや二つ実行したいが、ここから先は余りにも子供エミリーに悪影響だ。剣を柄に戻し、目線を無理やり合わせる。


「貴女に聞きたい事がいくつかあります。答えてくれますね?」

「は、はい!もちろんです!」


そして尋問を始めた。

まず一つ目に『道に幻覚を施し、俺達を惑わしたのは貴女か?』と質問、に近い確認をした。もちろん、これについては『YES』と、なんとも愚直で安直な答えが返ってきた。

理由としては『暇つぶしに揶揄いたかった』という、何処の五歳児か?となる馬鹿げた理由だった。


しかし衝撃だったのは二つ目の質問の返答だった。いや、薄々勘付いてはいたが他人から改めて言われると、心にくるものがあった。やはり認めたくないのだろう。


「ここは、何処なんだ。……村ではないのか?」

「……村?ここは世界に散らばる『迷宮ダンジョン』の内の一つ。地下の国、ワンダーラビリンスよ」

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