第21話 神秘


「ここが研究室か……。興味深いものが沢山置いてあるな」


放課後、エミリーの遊びの誘いをなんとか断り、ジルの研究室へやって来た。研究室にはありとあらゆる材料や道具、魔道書が置いてある。

「ここは一応魔術師専門の部屋になっているが使っているのは俺だけだ。なにせこの学校には魔術師が ほとんどいないからな」

「魔術師はそれほど貴重な存在なのか?」

ジルは散らばっていた本をまとめながら質問に答えた。本から出たホコリにリュウは、眉間に少しシワを寄せる。

「いいや、その逆で魔術師は価値がそこまで無い。俺や王都の魔術師は違うが、全体的に魔術師の魔術レベルが昔と比べ下がってきているのが現状だ」

「ゲホゲホッ……。確かに魔術は努力より個人の才能がものを言うところもあるしな」

リュウはむせ返りながら研究室の奥へ進むと、机と小さな黒板が置いてあった。魔術を教える気はあるようだ、と少し肩の荷が降りる。

「では授業を始めよう」

ジルが教壇に立つと、ピリッとした張りつめた空気を感じた。それだけ魔術を真剣に教えようとしているのだろうか?さすが一応教員なだけある。


「魔術師が"万物の根源"にいたる手段として"神秘"を創造したのが魔術の始まりと言われている」

「万物の……根源?」

「世界全てのものを支配し君臨する絶対的な物体。それが"万物の根源"通称だ」

ジルの話によると、

その昔、まだ魔術が無い頃からラームは存在していたらしい。時に生物を助け、時に生物を殺す、正にどちらに転ぶかわからない災害の様な存在だ。

「昔は恐れ崇められていただけだったラームだが、次第に『ラームのことを知り、自分の力にしたい』と言う強欲な奴等が現れた。そいつらがラームそのものに交渉しようとして創られたのが魔術になる」

そして魔術は火、水、土、緑、光、闇と大きく6つに分けられている様だ。しかし魔術の全容は未だにわかっていないらしい。なぜなら……

「魔術師の全体的なレベルが下がったのも1つの要因だが、もう1つの大きな要因は『魔術師の秘密主義』が上げられる」

ジルはコツンと軽く黒板にチョークを押し当てた。白い粉が宙に舞う。

「先程も言ったが魔術は"神秘"だ。大勢のものに知られればそれは"常識"となり"神秘"では無くなってしまう。ゆえに誰も魔術を教え合うということが起きず、未発展になってしまった」

少数の人間が知識を独占し、多数のものが無知のまま一生を終える。なんと難儀で愚直なのだろう。

「俺が学校で教える魔術なんぞ上の連中から見ればクソ以下のゴミ魔術だ。全て知っていることを話したとしても知識量は到底足元にも及ばん」

昨日まであんなに強気だったジルが珍しく悔しそうに歯ぎしりをしていた。気位の高い男がここまで言うとは、よほど不快な様だ。それ程までに力の差があるらしい。

「……ゲホン。話が逸れたな……、じゃあ今から火の魔術を教える」

それから何時間か魔術についてジルに教わり、どんどんと知識を身につけていった。

「────なので、この空間移動魔術は闇魔術と混合されていたが……………………」

「ん……?おい、早く続きを聞かせろ」

突然止まった教義に、持っていた羽ペンを器用に指先でクルクルと回しながら続きを促す。

「時間は大丈夫なのか?外が暗くなっているようだが」

窓の外に視線を向けると、もう太陽が月に変わっていた。

「あぁ……そうだな。早く帰らないと怒られそうだ」

まだまだ知りたいことなど沢山あるのに、時間は淡々と過ぎていく。前世でも今でもこの定説は変わらない。

「……おい、これを持ってけ」

「うおっ……と、と」

突然、ジルから厚さ20センチ程の分厚い本を投げ渡される。白表紙のその本は意外と重く、受け取った瞬間よろけてしまった。

「なんだこれは?」


「聖書だ」

中を見てみると、確かに神や物事に関する教えが事細かに書いてある。この手の宗教勧誘は大の苦手だ。心の中でゲェと吐く真似をする。

「神への信仰心は魔術を使う上でとても重要になってくる。信仰心の強さによっては加護、契約、さらには魔力UPも夢じゃない!」

この話をしてくるジルはとても嬉しそうに福音書を抱きしめる。狂信者なのは間違いでは無い様だ。

「……神、か」

神なんて偶像に過ぎない。そんなあやふやなものに正義を託し信仰なんて、なんて人間は愚かなのだろう。しかしここで余計なことを言ったら魔術をこれ以上知らなくなるかもしれない。

「わかった、受け取っておこう」

聖書をひったくると、俺は急いで部屋を出た。向かう先は家ではなく、教室だ。




「エミリー、居ますか?」

ガラリとスライド式のドアを開ける。中にはエミリーが一人、ポツンと椅子に座っていた。俯いているため顔は見えないが、どこか悲しい雰囲気を感じる。

「……あ、リュウ!"じゅぎょう"終わったんだね?はやくかえろー!」

しかし顔を上げた時に見えたのは、いつもと変わらないクシャリとした笑顔だった。

「はい、お待たせして申し訳ございません」

「ううん!だいじょーぶだよ!」

手を引かれ、教室を後にする。二人だけで歩く先の見えない暗い夜道は、昔住んでいた城にそっくりで良い気分がしない。自然に顔がこわばってしまった。

「……リュウ、くらいのこわい?」

「いいえ、そんなことありませんよ」

作り笑いをエミリーに向ける。少しあざといぐらいの笑顔だが、子供にはバレないはずだ。

「……わたしもこわい!おてて をつないでかえろー!」

突然、小さくて暖かい手がリュウの手を握りしめる。エミリーはニコニコと笑いながら帰路へ歩を進める。人の話を聞いているのだろうか?

「え、いや、だから暗いのは怖くないですよ。俺……じゃなくて、僕は」

「やっぱりひとりでかえるより、ふたりでかえるほうがさびしくないねー!」

「難聴?難聴なんですか?」

これは無視というより、黙殺レベルだろう。

「リュウはさびしくない?」

視線を合わせるために少し上目遣いのエミリーが、心配そうに聞いてくる。

「……えぇ、もう寂しくありませんよ」

次の瞬間、花が咲き誇った様な笑顔のエミリーが嬉しそうに抱きついてきた。結局、暖かい手は家に着くまで一度も離されなかった。

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