第20話 対決



「いいか。負けたら先程行ったことを訂正しろ」

「……お前は本当にバカなんだな」

演練場で自分の背丈の二倍はある男を見上げる。男の目には、軽蔑と見下したような感情が見えた。男は鼻で笑いながら、杖を構える。

「五歳児ごときに魔導教師が負けるはずがないだろう。俺も随分舐められたもんだな」

「……後悔するなよ、その言葉」

殺したくなるほどの憎悪を胸の内に抑え、こちらも杖を構えた。すると、男は指をクイクイと折り、『かかって来い』との合図を出す。本当に舐めた人間だ。

「……【氷玉アイス】!!」

自分の周りに表れた、無数の氷玉は男を一斉に襲った。しかし男は全くうろたえず、冷静な、冷たい目で俺を見る。

「【炎玉ファイヤー】」

男の出した炎玉が 氷玉に全て命中し、跡形もなく消えてしまった。

「……どうした、その程度か」

「っくそ!!……【雷小龍サンダー・レイ】」

杖を空に掲げると、何匹もの龍の形をした雷を降らせる。しかし男は魔法を使うわけでも無く、魔術なしで俺の雷を避けた。これには、流石に俺も驚く。

「なにっ!?」

「……【氷拷問器アイス・メイデン】」

すると男の手には氷の棍棒の様なものが現れた。おそらく俺が近接系の攻撃が苦手な事を悟ってのことだろう。あっという間に距離を詰められ、済んでのところで避ける。


「ぐっ……!魔術師が武器を使うとは、盗賊シーフに転職を勧めたいものだな!」

「無駄口を言っている余裕があるか……。確かに程々の力はあるようだ。仕方ない、これで終わらせよう」

男は振るっていた棍棒を握りつぶし、腰にある長めの杖を手に取った。すると男の周りに大量の魔力が集まるのを感じた。

『我、神の力を授かりし使徒。全ては神の導きのままに』

「おい、何をする気だ!!」

男は呪文のようなものをつぶやき、杖を顔の前に構える。キュィィィンと魔力の音が自分たち以外誰もいない校舎に響いた。

────来る!


『"神は我らと共に"』

「【レア・シールド】!」


その瞬間、爆発的な衝撃と共に地面ごと溶かすような冷気に襲われた。レア・シールドは温度、衝撃、毒など全てを跳ね返すオリジナル魔術だが立っていられないほどの力に奥歯を噛み締め、必死に耐える。

しばらくすると冷気が止み、攻撃が終わったことがわかった。防御魔術を解くと、男が相変わらずの無表情で立っていた。

「……ふん。どうだ、あれだけ馬鹿にした子供に最大呪文を破られる気分は?」

今の攻撃魔術は自分以外の子供であったならば、瞬時に身体が凍り粉々に砕けていただろう。疲れを見せないよう、少し無理をし皮肉笑いを浮かべた。


しかし男は挑発を受ける訳でもなく、ただこちらを見ている。男の視線に居心地を悪くしていると、少しの間を置いて男は話しかけてきた。


「その魔術……何処で教わったんだ?」

「ん……?」

男は先程の冷たい態度から一変、目をキラキラさせ早足で此方に寄ってくる。突然の変わりように呆気にとられていると、肩を掴まれ無理矢理目線を合わせられた。銀色の瞳が此方を覗いてくる。

「初めてみた魔術だ。俺に教えろ」

「……はぁ?」

男が何を言っているのか全く理解できない。見たことのない魔術だ、なんて それはそうだろう。この魔術は俺が創り出した完全オリジナルのものなのだから。

「この魔術は俺が創り出した。初見で当然だろう?」


男はあんぐりと口を開ける。まるで信じられないものでも見るかの様な様子でこちらをジッと見てきた。不気味な程、まっすぐな視線で。

「簡単な魔法に少し手を加えただけだろう。その程度の事で何をそんなに慌てているんだ?」

「その程度……?魔術の描き換えが安易だと言うのか!?」

男は声を荒げる。先程の冷たい態度とは真逆の荒々しい態度に言葉を失った。しかし男は両手で顔を隠し、ブツブツと独り言を呟く。


「魔術が誕生したと言われる年から約一万八百年、魔術がなぜ誕生したのか、なぜ使えるのか、数は合計どれ程あるか、など魔法はわからない事だらけだった。いやむしろ年々わからない事は多くなっていった。しかし、その深淵の一部が、年端のいかない若造によって解かれるなんて……」

「おい、話が長い。いつまで自分の世界にいるつもりだ」

バシッ!と男を殴るが全く反応しない。イかれたサイエンティストは焦点の合わない目で独り言を呟いているだけだった。


呆れていると男の胸ポケットから一枚の紙が出ているのがわかった。どうやら先程の戦闘ではみ出したのだろう。

断りを入れず引き抜くと、それはどうやら名刺の様だった。名前と学校の役職がご丁寧に全て書いてある。



ジル Level 27 24歳 人間

第一級魔術専門教員 考古魔術



「魔術専門教員……ねぇ」

先程の男の魔術、癪だが全てに無駄はなく完璧な攻撃の仕方だった。それに威力も中々のものだ。少なくとも優秀な教員である事には間違いない。

──── 一か八か賭けに出てみるか。


今だにブツブツと呟くジルの顔の横に、思いっきり蹴りを入れる。砂煙と思い衝撃波が起こった。子供の体のため壁は貫通しなかったが、大きなヒビが石の壁に入る。ジルはようやくこちらに視線を向けた。

「あの魔術描き換えは俺の家系が先祖代々受け継いでいるものだ。本当は家系以外には門外不出だが、お前にも教えてやらないこともないぞ」

「ほ、本当かっ!?あの魔術の進歩を……、俺に授けてくれるのか?」

ジルは至極嬉しそうにこちらを見てくる。少し赤い顔は高揚している証だろう。

「ああ、先程の魔術でお前が優れた魔術師というのはわかったからな。お前にならば本望だ」

「あぁ、なんという事だ!ありがとう天使エンジーよ!この恩は忘れない」

なんとも気色悪い呼び方をされ、作り笑いにヒビが入る。しかし心の中だけで罵倒し、とどめておいた。

「しかし一つ問題があってな、ジル君。我が家系には鉄の掟があるんだ」

「鉄の……掟?」

「世界の大体の魔術を知り、使いこなせなければ この魔術描き換えのやり方を人に教えることはできないのだよ」

目の当たりに手を当て、残念そうにうなだれる。

「しかしお前が優れた教師なら話は別だ。明日から、いや今日からでも良い。お前の知っている全ての知識を俺に寄越せ」

言葉の荒さの割に淡々というリュウ。しかし手で覆っているはずの目は、隙間からギラギラした光が見えるほど輝いていた。

「……お前が知っているのか知らんが、子供のうちに知っておくべき魔術には規制がかかっている。規制以上のことを知れば───」

続きの言葉は、リュウがスカーフを引っ張ったせいで喉の奥に消えてしまう。リュウとジルの視線が無理矢理合わせたからだ。子供の目つきとは思えない圧力的な視線がジルを襲う。油断すれば首元を掻っ切られそうな、殺気にも近い圧力だ。


「返事はYESか了解か、だ。それ以外無駄口は認めない」

「……ハハッ、了解しましたよ。悪魔サタリーよ」


この時のリュウを、ジルは後に"天使の皮を被った悪魔"と表したそうだ。

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