第22話 職業

「リュウ!おそとでごはんたべよー!」

「はい、わかりました」


授業が終わり、エミリーの声でシェフに作ってもらった弁当を持つ。いつもの様に生徒はあまり訪れない室外の木が生い茂る広場へ行くのだろう。


「へっ!今日も仲良くデートでちゅかー?」


エドガーは俺に演練で負けてから、嫌という程喧嘩を煽ってくる。メンドくさいにも程があるぞ。周りの取り巻き共も下卑た目でクスクスと笑う。ここのクラスには腐った性根の子供しかいないらしい。


「黙れ、気色悪い喋り方をするな」

鳩尾に一発軽めの蹴りを入れた後、教室を後にする。背後ではザワザワと騒ぎになっていたが、気にするのも面倒だ。


村に住んで丁度2ヶ月ほど経った。村の人間として馴染む事が出来たか、と聞かれれば決して『はい』とは言えない。クラスではハッキリクッキリ浮いているし、ガキ大将もこれ見よがしに絡んでくる。

だが努力も才能もない生物など自分にとってはノミやダミのような存在なので意識どころか認識すらしない。さっきのアレはダミを踏み潰しただけの話だ。


しかし、それらを差し引いても自分は今の生活にはそこそこ満足しているので、良しとしよう。

なぜなら勉学の方はすこぶる順調だからだ。学校の授業は幼児向けの為全く聞いていないが、ジル個人の魔術授業は聞いていてとても面白い。一人で勉強するよりも効率良く頭に入ってくるので、どんどんと知りたい知識を身に付けられる。

しかし自分の知識欲は満足するどころか、留まる術を知らない。新しいことを知れば知るほど、この先に何があるのか、とむしろ貪欲になってしまう。

あぁ、もっともっと、早く、大量に、知りたい、知りたいのだ。この世の全ての理を。知らない事など、何もない程に。


「むぐっ!」

「もー!また"べんきょう"に"しゅうちゅう"してたでしょ!ごはん はきちんとたべて!」

「あ……はい、すいません」

「ん!よろしい!」


突然魚を口に入れられ、意識が覚醒する。考え過ぎると他のことに目が行かなくなるのは自分の悪い癖だ。効率の面からも両立できるようにしなければ。


「そーいえば、もうすぐ"しょくぎょう せんたく"だねー」

「そうでしたね。エミリーは何になるんですか?」


この世界では驚くべきことに5歳以上から職業選択をし、働く事ができるのだ。といっても大体の子供は学業があるので、20歳ぐらいから働くのが普通だが。


「わたしは"りょうしゅ"さんだよ〜。おかあさんのあとをつぐんだー!」

「ああ、確かにあなたは領主の子供でしたね」

雰囲気が無さすぎで、今の今まで忘れていた……。

「リュウはどうするのー?」

改めて考えるとなりたい職業を選ぶなんて、初めての事だ。

前世は生まれた時から魔王として生きるのが決定していたし、変えることは許されなかった。そう考えてみると、やはり俺は自由になれたのだなぁ、と幸せを実感する。


「無職がいいです」

だがその感動と職につくかは、別問題だ。

「むぅ?"まじゅつし"じゃないの?」

「それはあくまで趣味として好きなだけです。特に着きたい職もありません」

というか、前世であれだけ社畜してきたのだ。今世ぐらい無職でもバチは当たらないだろう。

「じゃあ"しんだん"してもらえばいいんじゃない?」

「診断……ですか?」

残り一切れのパンを食べながら、エミリーは答えた。頬張り過ぎて、パンの食べカスがピンクのスカートにボロボロと落ちていく。


「職業選択に迷った奴がやる占いみたいなもんだ。やりたい事、逆にやりたくないことを言えば自動的に職業を選択してくれる」

「……ジルか。気配を消して背後に立つのはやめろ」

「そんな事はどうでもいい。お前は魔術師にならないのか?」

ジルにしてはいつになく言葉数が多い。さらに肩を掴まれ見下ろされるので顔が近い。俺が言えた義理じゃないが、威圧感が凄いな。


「俺は人生を趣味で楽しく生きたいだけだ。やりたい事だけをやる」

今回の人生は自由に生きる、と決めたんだ。

無意識に眉間にしわを寄せていた。

「そうか……」

ジルはそれ以上何も言わなかった。無表情のまま隣に座り、本を読みながら簡単な携帯食を食う。この三人で飯を食うのも今じゃ日常の一つだ。

ずいぶん前は毛嫌いしていた日なたも、今では暖かさを心地よく思える程度には人間らしくなってきた。まぁ、肉体は人間なので当然といえば当然だが。


前世は日に当たるなんてことはなかった。魔王城の近くはいつも紫雲で曇っていたし、鳥も木も森も何もない。あるのはよくわからないモンスターの骨や、コウモリぐらいだ。

その時はさして不快とは感じなかったが、今考えると陰気すぎだろう。

大丈夫、今回は間違えない。俺は趣味と自由の人生を送り、誰にも邪魔されず楽に生きていくんだ。


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