第31話 ディーラー


「なるほどな。……従う気は無いと受け取っても?」

「ああ。何よりそのつもりで発言をしたまでだ」


今自分はどの様な顔をしているのだろうか。鏡があるならば、そこに映った自分は最高に悪たれ顔をしているに違いない。そう思う程度には今の自分はイかれていた。

体格も力も、圧倒的なポロスを前にして勝ち目など皆無に等しい。合理的観点から見るならば今すぐ謝罪し、協力を求めるのが利口だろう。だが、心の奥底で『それではつまらない』という感情が見え隠れしているのだ。とうとう俺も頭がおかしくなったか。だが不思議と嫌悪感は抱かない。


「あまり大人を舐めてると痛い目にあうぞ?餓鬼ども」

「老害が。お前達の様に一生負け犬で生き続けるぐらいなら、死んだほうがマシだと言っているんだ」

「へぇー、言うじゃねぇか。威勢の良い若者は好きだぜ」


発言に似合わず圧倒的な気迫。今すぐにでも斬首されそうな殺気だ。背後にいた子ドラとエミリーには見せない様、マントを広げ盾になる。これでは泣いてしまうどころか、戦意も失ってしまう。戦いはこれからが本番だと言うのに、それではあまりに頂けない。


「……死んだほうがマシか」


ポロスはまた尖った八重歯を見せ、そう言いながらニィッと笑った。

そう言えば随分と前に『笑う』と言う行動は本来獣が牙を剥く時、即ち威嚇・攻撃をする時に行うのだったか。その意味で言えばこの男は、どちらの意味で笑っているのだろう、人間が獣か。友好的か、攻撃的か。


「そうかそうか、残念だな。優しいおじさん達は、お前らのためを思って助言をしたって言うのによ」

「来るあてもない助けまで耐え忍ぶ『生』より、やりたい事をやった後の『死』の方が重きをおくと思ったまでだ」

「価値観の違いだな。お前の意見を、俺は理解できない」

「お互い様だ」


むしろここまで気が合わない者と出会うのは運命───という名の呪い───かもしれないな、と下らない事を思考する。もしこれが自称神による誘発的なものだったらと考えると笑えない。


「……どうやら本気の様だな」


ポロスは ふぅ、と息を吐き煙草の火を消した。立ち上る紫煙が段々と薄れていく。そしてその煙の奥に見えた表情は先程のものとは違い、微笑を浮かべていた。


「わかったわかった、お前らの言い分は最もだ。俺からはもう何も言わねぇよ」

「そうか、なら通してくれ」


ようやくこのイタチごっこの様な会話から解放されるのか。それならばもう此処に用はない。早く前に進まなければ。こんな所で停滞している場合ではないのだと言うのに。

エミリーの手を取り、道が見える方へ走り出す。まだ情報が揃っていない以上、色々な事を調べなくては。


「────だからここからは俺としてじゃ無く、番人としての仕事をしようか」


ポロスの意味のわからない奇妙な一言に、悪寒が走った。全身を雷電がビリビリと通り抜ける様な不快な感覚。慌てて身体を見るが特に目立った外傷はない。だとしたら今の衝撃は一体?エミリーを見ると、同様のことを思ったのか首を傾げていた。


エミリーにそれを問いかけようと口を開く。しかしその声は突然起きた爆風により、強制的に叩き潰された。全身を持っていかれない事に精一杯で、状況を把握することも叶わない。


「ほいほーい、ポロスの兄貴ぃ!言いつけ通りディーラーさん連れてきたでー」

「よくやったな、ニードル」

「へへへー!ええってことよ!ワイに任せとき!」


砂埃の中現れたのは、一人の男だ。独特な口調や上から降ってきたことに違和感を覚えたが、頭に生えた大きなツノを見て瞬時に納得する。このニードルと呼ばれている男は亜人だ、と。亜人ならば独特の方言も、異常な力の大きさも理解出来る。


「おー、あんたらが久しぶりに入ってきよったお客さんかいな!?ホンマにガキンチョやんけ!神さんもエグいことするなぁ」

「……いや、誰だお前」


至極真っ当な思いを口にする。ニードルと呼ばれた男はピアスが何箇所も空いた耳を弄りながら、簡潔に答えた。


「ん〜、ワイはニードルいう下っ端のつまらないモンや。以後よろしゅ〜頼んます」

「よろしくおねがいします!おにーさん!」

「おっ!元気な女の子やなぁ、飴ちゃん食うか?」


沼地色と鶯色を混ぜた様な微妙に薄汚い髪色に、青のツノとは真反対の赤い瞳。細身の高身長な身体にラフな黒シャツがまた彼の特別な容姿を引き立てている。


するとニードルの背後から、モソモソと何かが動いた。話しているエミリーと男の間に無理やり体を割り込ませ、腰に差してあった剣を構える。


「初めまして、迷える子羊達よ」


機械音の様な堅苦しい声。抑揚もまるでなく、淡々とした声の発生源が男の背中からノコノコと出てきた。


まず最初に目がいったのは、頭だ。白い布が被されており、こちらからは一切表情を見る事が出来ない。今にも折れてしまいそうな異常なまでの黒く細い手足、そしてそれらに似合う純黒のドレス。どこがとは言い表せないが、不気味に思った。


「この素晴らしき迷宮ダンジョンにようこそ。私はディーラーです」


男の様な、女の様な、はたまたどちらでもない様なその人物はカタカタとおかしな音を立てながら話し始める。

人形の様な話し方に、改めてこの迷宮は狂っていると思い知らされた。

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