第30話 ポロス
「すいません。明らかに俺の注意不足でした。殴ってくれて構いません」
「そんなことないよ!リュウはがんばったもん」
一難去ってまた一難、とはこのことを言うのだろう。先程まで呑気に食事を取ろうとしていたのが馬鹿らしくなるほど、今の状況は最悪だった。まさに『絶体絶命』か。
先程女を縛っており優位に立っていた筈だが、今ではこちらが縛り上げられ見知らぬ大人達に囲まれているのだ。ここまで綺麗に形成逆転されるとは、最早自分の無能さに笑うことしかできない。床に転がされるのも今の俺には、お似合いかもしれない。少し傷んでいる床に視線をやり、自らへの嘲笑をこぼす。
すると突然床板に、俺とエミリーをすっぽりと包み込む程の大きな影が現れた。顔を上げると、約三十、四十歳前後の男が目の前に立っている。
男は身長が高い上、こちらは床に転がされているので まるで雲の上から覗き込まれている気分になる。不快に思い、眉をひそめた。
男は目の前のアンティーク調のイスに腰をかけ、口角を上げる。その時に見えた八重歯は人間の通常のモノよりも大分発達している様に見えた。これは本気で喰い殺されるかもしれない。
そんな思いに反し、ガタイの良い男はにっこりと笑い口を開いた。
「すまねぇな、嬢ちゃんに坊ちゃん。一応侵入者のようだから拘束させてもらった。俺の名前はポロス・ケンタウル。お前らは?」
「あたしはエミリーだよ!7さい!こっちはリュウだよー!」
「……」
「そうか、エミリー と リュウ ねぇ……」
味方か敵かもわからない男に名前を教えたくなかったが、エミリーがスラスラと喋ってしまう。だが名前を教えたところでそこまで実害がある訳ではないのでまぁ、良しとしようか。
ポロスは少し考える素ぶりを見せ、顎を手で撫でた。
「どうやってここに来たのか、思い出せるか?」
「えっとねー……」
「わからない。気付いたらもうこの奇妙な
エミリーがいうのを遮り、答える。するとポロスは視線をエミリーから俺に変えた。金色の瞳が何かを見通す様に射抜いてくる。しかし表面上はニコニコと笑みを絶やさない辺りが、少々手強く思えた。
「嘘はついてないな?」
「……ステータスを盗み見ている癖に、その質問は野暮だと思わないか」
周りの空気が張り詰めたのが、手に取るように分かる。そしてその冷たい空気は澄んだ殺気に変わった。しかし当のポロスは特に驚く動作も見せず、片眉をあげただけだ。
「ほぉー、よく分かったな。子供に見破られたのは初めてだ」
「お前のことなぞ、どうでも良い。それより早く拘束を解いてくれ。俺達はここから一刻も早く脱出しなければならないんだ」
「……片方は聞き入れるが、もう片方の希望は願い下げた」
ポロスはそう言うと近くに置いてある煙草に火をつける。パイプ煙草特有の髪臭い臭いが立ち込め、菓子の匂いとあい混ざる。あまりの強烈な臭いに顔をポロスから晒した。
エミリーの近くに行くと周りの激臭が少し弱まり、香水の匂いが鼻の調子を戻してくれる。ポロスはその行動をニヤニヤと終始余裕の表情を浮かべながら、話し出した。
「結論から言うが、お前らじゃ此処からは出られねェぞ餓鬼ども。諦めて此処で暮らすことだけを考えた方が、身のためだ」
「……根拠は」
「そんなのお前が一番分かってんだろ?お前らには、なんの力も無い。此処から脱出するには余りに……無力過ぎる」
ポロスの言葉に縛られている拳を握り締める。爪を立てている為、血が滲んでしまっているだろう。しかしこうでもしないと、あまりの屈辱に舌を噛み切って死んでしまいそうだ。まるで胸の奥にあった大きな鉛を叩き壊された気分になる。
「俺達も随分と前にこの
「……そんなもの、ただの思い込みによるマヤカシだろう。馬鹿馬鹿しい」
「ちょっとあなた!ポロス様に対してなんて言う口の聞き方なの!?今すぐ謝罪しなさいよ!」
聞き覚えの声のする方へ一瞥すると、縄に縛っていたはずの豚女がこちらを睨みつけているでは無いか。あぁ、そうだ忘れていた。全てはあの女が原因だったのだ。
「口の利き方には気をつけろ、豚。お前、あとで挽肉にして食ってやるからな。人間様に食われるのを光栄に思うが良い」
「ひいいいい!ポロス様、女の子はともかくその男は危ないわ!今すぐにでも断罪すべきよ」
「落ち着け、アエロ。何があったか知らんが、相手は子供だぞ」
あの豚の名前はアエロと言うのか。道端の石ころ並みに興味はないが。
「エミリー、貴方はどうしたいですか?」
「ふええ!?あ、あたし?」
「はい、俺は貴女のボディーガードですから。貴女の意思に従います」
ポロスがアエロを抑えている隙に、エミリーに耳打ちをする。最初は固まっていたエミリーだった。しかしエミリーは黄金色の瞳を覗かせたまま、ぎごちなく歯茎を見せ微笑んだ。それが不安を隠す為の虚勢である事はすぐに察しがつくと言うのに。
「はやくでて……、おかあさんとおとうさんにあいたいな」
いつも活発で笑顔なエミリーからは想像も出来てない程、それはか細い声だった。近くで耳を澄ましていなければ消えてしまいそうな小さな声。
だがリュウにとってはその小さな声は、何よりも効力を持つ声だった。胸の奥の鉛玉がストンと落ちた様に感じられたのだ。
「……了解しました、エミリー」
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