第26話 外へ
「やはり、誰もいませんね……」
「おかあさん、おとうさん……。みんなどこいっちゃったの!?」
トイレから震えるエミリーを連れ出して、屋敷中を回った。しかし誰も見つからない。エミリーの両親どころか召使い、護衛まで。これはどう考えても優男の仕業だろう。攫われたと思うのが妥当だ。
エミリーは家の入口前でうな垂れた。暗闇が苦手な上、両親が住人が一斉に消えたのだ。無理もないだろう。
「……エミリー。俺は外に行って村人たちに助けを求めてきます。ここで待っていてください」
「やだっ!わたしもリュウといくもん!ひとりはやだ!」
「付いてきても良いですけど……、命の保証は出来ませんよ」
今は魔術も使えず、武器になるものといえば子供用の剣一つしかないのだ。これではエミリーは愚か、自分の命を守るにもあまりに心許ない。しかし、ここで何もしないよりはマシだ。
「うっ……、わたしだって"まじゅつ"をつかえるもん!それに"じきりょうしゅ"だし、こわくなんてない!」
「はぁ……わかりましたよ。一緒に行きましょう」
どうやら先程、次期領主様とからかったのがいけなかった様だ。ムキになったエミリーは、何が何でも自分の意思を貫き通す。もう俺の言う事には聞く耳持たないだろう。
「では念のため、装備は完璧にしていきましょう。暗闇の中ですが、着替えは一人で出来ますか?」
「できるもんね!イーッだ!」
彼女は桃色の舌を出し、自分の部屋に走っていく。どうやら恐怖より意地の方が勝った様だ。つくつぐ単純な幼女だな。無意識に口角が上がる。
「……さて、準備をするか」
とりあえず寝間着から旅用の服に着替えよう。それと薬、あとは簡単な飲食物も。全く、魔術が使えないだけでこんなにも面倒くさいとは。しかし嘆いてばかりいられない。今出来る最善のことをしなければ、それこそ
「キュー!」
「うおっ、と、と。子ドラ、飛びついてくるな。前が見えない」
自分の部屋の前まで来るとドアが勝手に開き、子ドラゴン(通称子ドラ)が顔面に飛びついてきた。
「キュー……、キュー……」
「そう心配するな、俺が付いている。……今から外に出るがお前も行くだろう?」
「キュー!」
やはり野生の感で恐ろしい事が起きていることを察したのだろう。翼と触覚がプルプルと震えている。
「じゃあ準備するから手伝え。キッチンに行って、この水筒に水を入れてくれ。それが終わったらその場で待機だ」
「キューィ!」
水筒を子ドラに手渡す。すると子ドラは小さな羽を広げ、パタパタと飛んで行った。寝間着から冒険者用の服に着替える。冒険者服は子供用の衣服とは思えないほど、頑丈かつ動きやすいのだ。その分値も張るのだが、領主家にとっては痛くもかゆくもない様だ。
それにエミリーの両親はエミリーだけでなく、どこから来たかもわからない俺にさえ、沢山のものを買い与えた。正直鬱陶しかったが、今考えると感謝の念が湧く。使えそうな道具や装備品、素材が一通りあるのだ。
「しかし収納魔術を使うMPも無い。鞄に入れるしかないか……」
今まで荷物は収納魔術&部下に持たせていたので、この時初めてリュウは『荷物を持つ』と言う行為を体験した。子供ながら鍛えてるとはいえ、限度がある。厳選して荷物を選ばなければならない。
「とりあえず錬金道具一式。あとは剣、ランプ、簡単な退術素材さえあれば良いか」
ブーツを履き簡単に身支度を済ますと、部屋を出る。早くエミリーの部屋に向かわなければ。さっきの男がまだ此処らをウロついているとも限らない。自分の部屋からエミリーの部屋まで少し離れているので、小走りに移動する。
道中でキッチンに寄り、水筒と子ドラを回収した。子ドラはお気に入りの場所である、俺のフードの中に潜ってしまう。まだ子供とは言えドラゴンの末裔がこんな状態では先思いがやられるというものだ。
「……まぁ、準備は上々だな」
エミリーの部屋の前まで行くと、冒険者服に身を包んだエミリーが不機嫌そうに頬を膨らませながら立っていた。
「お・そ・い!!リュウのばか!」
「はい、すいません。用意は済みましたか?」
「……とっくにすんでるもん!ベーッだ!」
エミリーの服はモンスターの皮を主とした装備になっている。この装備も子供用ながら高級なもので、全身に強化魔術が仕込まれているのだ。自分の魔術があてにならない今、エミリーの魔術に頼るしかない。改めて考えると、7歳の女子供に頼らなければならないとは地味に傷つく。これ以上考えると、自分の情け無さに自害したくなるので熟思を中断した。
「リュウ、だいじょうぶ?かおいろ、わるいよ」
「……いえ、大丈夫ですよ。少し考え事をしていただけなので」
一度考えると周りが見えなくなるのは、自分の悪い癖だ。頬を叩き、意識を集中させる。
玄関へ移動する時間で、不思議と頭は冷め考えはまとまった。
冷静に、かつ最善で迅速な行動を。これは前世でも今世でも変わらない、心がけているモットーだ。無力だからといえ、最初から諦めるのは愚者がやること。どんなに弱者となろうと、愚者にはならないと心に誓った。
扉の前までくると、無意識に気を引き締める。
「……では、行きましょうか、エミリー。離れないでくださいね」
「うん!パパもママも、むらのひとも、みんなたすけるんだ!」
こうしてお互いの小さな手を握り、少年少女は外の世界へ踏み出した。
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