第35話 エミリー



《赤頭巾より、狩人の斧》

《眠り姫より、紅色のリップ》

《灰被りより、魔法の杖》

《女神より、金の斧と銀の斧》

《白雪の姫より、毒林檎》

《王子より、剣》

《盗賊より、金の指輪》


机上に並べられた多様な道具には、それぞれの名と人と名前が書いてあった。しかし、それ以外には少しも説明書きは無い。使い方や効力などについて一切と言っていい程、触れられていないのだ。


「おい、この武器達はどの様な力があるんだ?」

「誠に申し訳ないのですが、公平を期すためその質問に対する答えは控えさせて貰います」


ディーラー1159は低腰の言葉に反し、平然とした態度で否定の言葉を発した。だが、これで諦めるほど軟弱では無い。すかさず打開案を提案する。


「では、公平を害さない程度の情報をくれ。何か無いか?」

「……ボスモンスターの姿形だけなら、教えることを許可出来ます」

「ならそれで良い。教えろ」


ディーラーは無言でその場に座り込み、地面に指で文字を書き始める。その姿は一見してみれば幼子がやる様な『絵描き遊び』そのものだ。しかしディーラー1159が描いているのは、そんな朗らかな想いを上からは見つけられた様な、おどろおどろしい化け物だった。


少しデコボコとしており足場の悪い地面には、首が三つに尖った耳、むき出しの牙、鋭い爪を合わせ持つ形容の"何か"が描かれている。


「わぁぁ!リュウ、こわいよー!」


呪いの絵と勘違いさせられる程の出来栄えに、エミリーは体を震え上がらせ俺の腕にしがみ付いて来た。見ればエミリーの肩に乗っている子ドラでさえも、小さな羽をピクピクと動かし絵から目を背けている。


「……なんだ、これは」

「地上の世界で言うところの……いわゆる『狼』というものです。それがあの森に住んでいるボスモンスターの姿形です」

「一度、『狼』の定義について考え直せ。少なくとも、狼には三つの首はない」

「外の世界がどうであろうと、この世界での『狼』はこれなのです。これがこの世界の常識ルールですので」


まぁ、よく見れば狼に見えなくも……いや、全く見えないが。とにかくこの世界の常識ルールなのだから、受け入れる他ない。あまりコレを狼と認めたくないが。


「……ふむ、わかった。もう無いのか?」

「これ以上はありません」

「なら、さっさと下がれ。目障りだ」

「わかりました。用事があればお呼びください」


そう言うとディーラー1159は、周りの景色に溶け込む様に段々と体が薄くなり、消えてしまった。残されたのは不気味な絵と、多種類の道具のみだ。


「う〜ん?どれをつかおうかな〜?」


エミリーは金髪の髪を手でクルクルと遊びながら、口を歪める。エミリー特有の困っている時に出る癖だ。


「リュウはどれにするの?」

「攻撃面でみれば斧か剣ですが……」


リュウは続きを紡ごうとした口を、半端無理やり閉じた。途中で返答をやめてしまったリュウに、エミリーは首を傾げる。


「どうしたの?」

「……なんでも、ありません」


その答えにエミリーは明らかに機嫌を悪くし、凝視してきた。気まずさから顔を晒すが、頭を掴まれ強制的に目線を合わせさせられる。


「うそつきー!なにー!?すごいきになるよ!」

「……打開策を思い付きました」

「えっ!?そうなの?」

「しかしその策には証拠や根拠、理由が全くと言って良いほどありません。策というより勘に近いです」


先程の説明や道具、場所や迷宮の特徴を全て込みで考え、一つの打開策が先刻、脳裏をよぎっていた。しかしそれでは単なる予想に過ぎない。裏付ける根拠も無ければ、確定づけるづける理由もないのだ。そんな百害あって一利も取れない賭けにエミリーを巻き込む訳にはいかない。


「……恥ずかしい話、自信が無いんです」


俺一人の賭けであったなら、まだ状況は違っていた。しかし今は守るべきものがあり、絶対に負けれない戦いなのだ。これで負ければ俺が死んでエミリーが一人、この不気味な迷宮に取り残されてしまう。それだけは絶対に避けなければ。ただでさえ、己は無力だというのにこれ以上の生き恥は晒せない。


「リューウ!!」


パチン、と軽い音が響く。そして少し遅れ、頬が熱くなっていくのを感じた。

────エミリーに、両頬を挟まれる様な姿勢で叩かれたのだ。


「わたしはリュウを"しんじる"てるよ。だから『だかいさく』をはなして!」


エミリーの瞳に至近距離で見上げられ、視界が彼女一色になる。今までマジマジと見てこなかったのでわからなかったが、エミリーは薄い青空の様な瞳をしている事に気付いた。

他人事の様にそんな事を考えていると、エミリーはまたパチンと頬を軽くはたき、にこりと笑った。


「……変な事を言いますね」


出生も明らかになっていない野垂れ死んでいた人間なんかを、本気で信じると言うのだろうか。出会ってまだ一年も満たない自分の事すら明かさない、そんな俺を。エミリーは両親に大切に育てられている甲斐もあり純粋無垢の子供なのだな、と改めて思った。


「なぜ信じるんですか?」


ふと疑問に思い、気付いた時には口からこぼれ落ちていた。しかし言った瞬間に後悔する。知識欲がある方だとは自負しているが、この答えも何も無い質問を問いかけたのは我ながら馬鹿だと思った。


「"しんじる"のに、りゆうなんているの?」

「……必要ですよ。貴方にはまだ早いかもしれませんが、世界には騙そうとしてくる悪人は数え切れないほどいます。あまり信じ過ぎると痛い目を見ますよ」


エミリーは首を捻らせ、りゆう、りゆう……と何度も呟く。そしてハッ、と目を大きく開き太陽の様な笑みをこちらに向けてきた。


「わかった!!リュウだからだ!」

「……はい?」

「あたまがいいとか、"ともだち"だからとか、そういうの ぜんぶぜーんぶ いれて、リュウだから"しんじてる"んだ!」

「俺だから、ですか……?」

「うん!きみだからしんじてる!」


エミリーは頬を赤く染め、嬉しそうに歯を見せながら微笑む。周りは暗闇だというのに、彼女の周囲は日光が当たっている様な感覚になった。


「それに、リュウにだったらだまされてもいいもん!だいすきだから!これが"しんじてる"ってことでしょ」


抱きしめられ、暖かな温もりに触れる。俺が森で生き倒れていた時に感じたものと同じ、エミリーの温もりだ。


エミリーの主張は非論理的だ。自分の生死が関わっているのに感情で動くなんて馬鹿げているにも程がある。

しかし妙に納得してしまった自分が少しだけいるのは、否定しないでおこう。

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