第36話 赤頭巾
「まずディーラー1159が言っていた事が鍵になります」
「えっと……なんだっけ」
「一つ目は『全ての置いて虚構に
「ううん?だまされるなー、ってかんじかな」
エミリーは真剣に考え込む様、口を一文字に結ぶ。彼女にしては真面目な解答だ。
「ええ、その警告の意味もあるかもしれません。しかし俺には別の意味に聞こえたんです」
それを最初に考えついたのは、『道具の名前』を見た時だった。ふと思い付いた程度のものだったが、この迷宮の常識の欠落さのことも考えると無視できないのだ。
「虚構とは、つまりホラ話・作り話とも変換できます。そして道具の名前は全て童話──これも、いわゆるホラ話・作り話──に関連付けてある物でした」
「……んみゅ?それで?」
「この時点で『虚構によって遊戯を制する』がイコール『これらの
「あっ!たしかにディーラーさんが、どうぐをつかってボスモンスターをたおすことが"クリアじょうけん"っていってた!」
エミリーは黄金色の瞳をこれ以上ないと言うぐらいキラキラと輝かせる。溢れんばかりに注がれる敬愛の視線に、少々気まずくなり顔を晒した。
「ええ、そしてこの遊戯にとって虚構とは童話そのものと仮定出来ます。なので『虚構に
道具が置いてある机に腰を下ろし、話を続ける。硬く、座り心地はあまり良くないが致し方ない。
「なので俺はこの遊戯で問われているのは、ただ狼のボスを殺す事ではなく、『
「たしか"どうわ"でオオカミがでてくる"どうぐ"は……"あかずきん"だ!」
「はい、ご名答です。ですから、この遊戯に最適な武器は"赤頭巾からの斧"という訳です」
説明に一区切りをつけ、手元にあった"赤頭巾の斧"を視界に入れた。その大きさは子供である自分達には少し大きく、持つにはある程度の力が伴うだろう。ここはエミリーに援護を頼みつつ、俺が斧で攻撃を仕掛けるのが合理的だ。
「じゃあディーラーさん!わたしが"あかずきんのおの"つかうね!」
「……は?」
『了解したしました。エミリー様へ『赤頭巾の斧』を贈呈します』
ディーラー1159の音声だけが無情に流れ "赤頭巾の斧"が神々しく光りだした。しばらくし、光が弱まるとエミリーはウキウキとした表情で斧に触れる。
俺はそれらの行程をただ呆然と眺めるだけだった。そしてようやく停止していた思考回路が回り出し、全てが遅いことを悟る。
「ゴツゴツしてて、つよそーだね!これだったらオオカミにも かてそうだよ!」
「……エミリー、言いたいことは山ほどあります。とりあえず人の話を聞かず、動くのはやめてください」
「でもリュウがこのオノつかって、ひとりでたたかおうとしてたのぐらい、おみとおしだよ!」
「……それは、否定できませんが」
仁王立ちで腰に手を当てるその姿は、エミリーの母である現領主を彷彿させる。まぁ、母親のような威厳は全く無く、子供が玩具の王冠で威張っていると表した方が的確だが。
「リュウは"はなし"きかないし、ぜったいオノはわたしてくれないな っておもったから、"きょうこーしゅだん"にでたの!」
「貴女はどんな危ないことをしようとしてるか、わかっているんですか?一歩間違えれば喰われてしまいますよ」
「そのときはリュウが、まもってくれるってしってるもん」
エミリーは悪戯が成功した子供の様に、歯を見せて笑った。してやったり、と言っているかの様な表情だ。それは唯我独尊の傲慢では無く、ただただ、一途な信頼であった。
「それにリュウが ひとり で たいへん なところなんて、みたくないよ。"ともだち"は"こんなん"へ いっしょ にたちむかうものなんだもん!」
「それはどこからの受け売りですか」
「ほんだなにあった、えほん!」
こんなにもポンポンと綺麗事が出てくる人間は、エミリー以外この世界にはいないだろう。そう思えるほど、エミリーは純粋無垢だ。もし、俺が言ったら反吐が出る程のセリフを、エミリーは躊躇いもなく吐き出し続ける。本心から来ているのか、それともその言葉の重さを理解せずに使っているのか。今の俺では理解できない。
「……っはぁ〜、わかりましたよエミリー。俺が貴女の援護に回ります。かなり危険な賭けですけど、俺はもう知りませんからね」
「うんうん、さすがリュウー!おとこまえ!」
「作戦も一から組み立て直さなければ……。精々、本当の赤頭巾にならない様に祈っていてください」
「本当の赤頭巾?」
「ええ。今はあまり世に出回っていませんが、童話の原作、いわゆる初版本の赤頭巾は狼に食べられたままストーリーが終わるんです」
「ふぇぇぇ!?そ、そうなの?」
「はい。狼に喰べられ、それを発見した狩人によって狼ごと撃たれて終わりです。まぁ、こちらの終わり方の方が、今の俺たちにとっては現実味があるかもしれませんが」
エミリーに悪戯へのやり返しとして、不穏な情報を話す。すると予想通り、エミリーの顔は真っ青に染まっていた。
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