ひまつぶし:雨に閉じ込められて

自主企画第一回オカン(男子)文学大賞に寄せて書いたもの。

こちらに移しておきます。オカン男子二人が惚気のような、苦労話のようなものを話してるだけ。



 細かい霧雨が景色をけぶらせていた。

 外の冷たそうなそれと、目の前の香り高く上っていく蒸気が重なって見えて、フォルティスはその青い目を少しだけ細めた。


「悪いな。こんなことまで」

「別に。いつもやってることと変わらん」

「そういえば、そうだったか」


 フォルティスが笑い声を上げると、カエルレウムはポットを置いて小さく肩をすくめた。


「君ももう座れ」


 隣の椅子を引いて、フォルティスはその座面を叩いた。逡巡した若者は、目の前の聖職者には見えない、がっしりとした体格の男以外誰もいない部屋の中を見渡してから「じゃあ」と浅く腰かけた。

 真面目な彼は仕事優先で、こんな時でもなかなか気を許してくれない。


「足止めも3日目じゃあ、退屈もするよな」


 雨でなければ、外で手合わせでもして時間を潰せるのだが。

 そういう思いで、フォルティスはカップを持ち上げてから窓の外へ視線を向ける。

 教団の定例会議に出た帰り道、川の増水で橋が流され、手前の街で足止めを食っていた。

 いつも護衛を頼む濃紺の髪と瞳を持つ青年は、時折ソワソワと雲を見上げている。


「心配か?」

「あ……いや……大丈夫だとは、判って、いるんだが」


 もう結婚して1年以上が過ぎている。新婚とは呼べないのかもしれないが、相変わらず仲がいい。それでも彼がこうして心配するのは、彼の奥さんが少々突飛な行動をとりがちだからだ。以前なら、こんな風に予定以上の期間拘束されるようなことがあれば、警護は人に任せて一人で先に帰っていたものだ。

 フォルティスは他にも事情があるようなのは知っていたから、それでいいという条件で彼を雇っていた。


「先に戻ってもいいぞ。川を越えればもうすぐそこだ」

「すぐと言っても馬車なら2日はかかる。貴方なら大丈夫だろうが……ユエにも「そんなに信用が無いのか。仕事に責任を持て」と怒られる」


 自嘲気味に吐かれるため息に、フォルティスは小さく笑いを返す。


「心配は、するなと言われてもな。前科があると、どうしてもというのは、わかる」

「わかる、のか?」

「うちのトラブルメーカーは監獄(監獄半島と呼ばれる地域のこと)に引きこもっていても厄介を起こしただろう?」

「あぁ……」


 カエルレウムは微妙な顔をした。嫌いな――フォルティスはそれとはまた違う感情なのではないかと思っていたが――者の話は聞きたくないだろうか。知ればきっと見え方が変わるのだが。まあ、彼は気付いていて、変えたくないのかもしれないけれど。


「暇だしな。護衛じゃなくて執事の君の話でも聞こうか。ユエさんは、お屋敷や家ではどんな感じなんだ? 意外とお嬢様してるのか? 刺繍でもしながら、こうして君のお茶を飲んだり?」


 フォルティスがからかい口調で訊けば、カエルレウムは眉間に寄った皺を伸ばすように指を添えた。


「だったら、いいんだがな」


 フォルティスは慣れた手つきで防音の魔道具をテーブルに打ち付けた。




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