ひまつぶし:フォルティスの場合

 長いと言えば、長いな。初めて会ってからは、10年近くにはなるんじゃないだろうか。

 実際一緒に何かした時間は短いし、あいつには今でも教え子か同僚としか思われていないと思うが。

 ああ。不思議か? 俺はルーメンに会うまで騎士で、あいつは子供の頃から神官だった。それだけのことだ。


 出会った時は少年だか少女だかわからない顔をしていたな。背が高くて、声が思ったよりも低かったから男だと判ったが。

 書くものが無いかと問われて「無い」と返せば、じゃあナイフか何かをと言われた。

 刻むつもりなのかと思うだろう?

 差し出したそれで、あいつは自分の指を切ったんだ。自分の血で、死体に身元を書きつけた。辺りにはいくらでも炭となった木片が転がっていたのに。


 街のほとんどを焼いた火事だった。略奪の後の放火。妻と子供も巻き込まれ、あまりの惨状に放心していた俺も気付かずうかつだったが、慌ててその手を取って注意した俺に、あいつはキョトンと「手入れされたナイフやハンカチを汚してすみません」なんて頓珍漢なことを言うんだ。

 もう誰が誰だかわからない死体を、表情一つ変えずに、ひとつひとつその瞳で視て身元を特定していく。そんな身震いするようなことを見せつけるくせに。


 大人びているのかと思えば、怪しい誘いにもふらりとついて行きそうになる。自分の身体さえも道具のひとつか何かだと思ってるんだろう。忠実に教えを口にするのに、自分の価値を理解していない。ちぐはぐな印象に、放っておいてはいけないと思った。

 あるいは、家族を失った俺に、護るべきものを新たに託されたのだと思いたかったのかもしれないな。


 俺も全てを知っているわけじゃない。それでも、彼が神官として誰より教えに精通していることは疑いようがない。教典は全部丸暗記だ。一時期神学校の講師をしていて……だから、俺は『教え子』なんだが。講壇でそれを手にしているのを見たことがない。質問すれば参照ページ数までつけて返事が返ってくる。

 ……それが嫌味だと、とる人間もいる。


 彼に追いつこうと慣れないことを頑張っていたのに、総主教が亡くなって、あっという間に立場が逆転した。それをどうとも思っていない。頼ってもくれない。月に1度よこすのは、報告が義務付けられたそっけない書類1枚きり。

 前回の事件もポルトゥスからきた民間人の噂話で一報を知ったんだ。世間知らずの少年がお偉いさんだったり、事件の生き残りが独房に入れられてたり、高熱で死にかけてたり……いつも、知るのは事態が一山超えてから。歯がゆさは、少し理解してもらえるだろうか。



 ◇ ◆ ◇



「冒険者の真似事をしてきました。楽しかったですよ」


 君たちと砂漠の国から帰ってきた直後の話だ。にこにこと言われても、今一つ信用できない。いや、楽しかったのはそうなんだろう。だが、その銀の髪が不揃いになっているのはどういうことなのか。嫌な予感しかしない。

 俺は、砂漠の国はどうだったと聞いただけなんだが。

 こっちのごたごたを置きっぱなしに、砂漠の国へと旅立ったルーメンに、普通の観光的な答えを期待したのが間違いだったらしい。


「髪、なんでそんなことに?」


 軽く首を傾げて、ルーメンは自分の髪をひと房掴んで目の前に持っていく。


「……そうでした。鏡をよく見ることがないので忘れてました。おかしいですか? フォルティス、一番短いところに揃えてください」


 そう言って、人の机の引き出しを開けようとする。


「プロにやってもらえ。俺がやっても出来上がりはそう変わらん気がする。それに、一番短いとなると、その横の髪だろう? 後ろは刈り上げる気か?」

「では、坊主にでもした方が早いですかね……」


 真剣に悩み始めるので、一息吐き出して俺は腰を上げた。


「お前が髪を伸ばしていたのはどうしてだ?」

「……猊下が伸ばせと言うので」

「じゃあ、坊主にしたら猊下が卒倒するんじゃないか? 俺も恨み言を言われたくない。来い。一般の店だが、余計なことを言わない店を知ってる」


 面倒だと言われる前に、その腕を掴んで引っ張った。


「そこまでしなくとも……では、自分で……」

「うるさい。担がれたいか?」


 小さな抵抗がなくなっておとなしくなったのを確認してから、その手を離してやる。自分が彼よりデカくて腕力があるのを心底良かったと思う。

 ただでさえ目立つ容姿をしてるのに、こういう無頓着なところが、いらない妄想をかき立てさせるのだ。


 どうにかおかしくない程度に揃えてもらって、連れ帰る。それから、仕切り直しだ。酒を用意して、少しでも口が滑りやすくなるようにする。

 “冒険”の一通りを聞いて(それでも多分全部じゃない)、頭を抱えた。


「みなが無事だったから、良かったものの……」

「はい」

「ルーメン……」

「はい。わかっています。もうしません……たぶん」


 少々心許ない答えだが、実際彼が悪いわけでもない。最良を選択していったからこそ、戻ってこられたのだろうし、軽々しく死を選ばないでいてくれてほっとした。一生分の冒険は、さぞや楽しかったのだろうなと、表情からもわかる。この年になってから少年心を出されても、付き合う方は大変だろう。そうは思えど、その変化が嬉しくもあり、一緒に行けなかった自分が寂しくもあり……



 ◇ ◆ ◇



「正直、ルーメンが君たちにそこまで見せるとは思ってなかった」


 カエル君はやはり複雑そうな表情で遠慮がちに口を開く。


「大主教は、その、知ってたのですか?」


 人とは違う方法で魔法が使える、ということを。


「ああ。初めて人前で使った、その場にいた。俺を助けるために咄嗟に出たようだった。人前で使うな、黙っていろと言ったのも、詠唱なしでどうにかなるかもと言ったのも、俺だ。本当にどうにかするとは思ってなかったが」


 カエル君の表情が納得に変わる。


「まあ、別に好いてやってくれとは思わん。底意地が悪いのはそうだし。ただ、それほど害意はないんだ。もう、判ってるとは、思うんだが?」


 でなければ、戦いの場で協力などできなかっただろう。

 笑ってやれば、ぷいと視線を逸らされた。


 いつの間にか、雨は上がったようだ。


「明日には、動けるかな」


 薄日の差してきた窓の外を、二人して同じように見上げるのだった。




 ひまつぶし・おわり

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遠き神代の光

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886170826


彼らの出会いとあれこれはこちら。

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