番外編「懺悔」中編
懺悔室へ移動しようかと思ったのだが、ルーメンに「ここで」と言われてしまった。
彼は教団のシンボルでもある男神像の前まで移動して、静かにそれを見上げた。
ほとんどの場合、懺悔は顔を突き合わせて行わない。懺悔する者が主へと語るのを陰ながら見守って、必要であれば主の言葉を代弁する。ルーメンがそうしないのは、俺の反応を見るためか。
彼が主を信じていないことを知っている俺が、どんな言葉を吐くつもりかと。
少々見縊られているのかもしれない。俺も、もう解釈の仕方を悩む生徒ではないのだが。
口を開こうとしたルーメンに先んじて釘を刺しておく。
「お前は一般の信徒とは違う。憶測は排せ。事実だけを並べろ」
意表を突かれたように、ルーメンはしばらく開いた口を閉じずにいた。すぐに、我に返ったようだけれど。
「『
「見えたように話せ。お前の解釈は聞かん」
一度不満気に口を結んだものの、彼はひとつ頷いた。
「貴方と出合った街から戻った後、当時の総主教猊下は『予見』ができなくなったと私たちに相談しました。私と、当時の総主教補佐にです。彼も私も「問題ない」と答えました。フェエルはその理由に私を上げたようですが、私は彼女が主に真摯に祈りを捧げることこそが価値があると信じていました。『加護』の力など、二の次だと。けれど彼女はその力が無くなれば、自分の価値は無くなるのではと、とても気に病んでいらっしゃいました。「神の力を持つ者が現れたのだから、自分は用済みなのだ」と。その不安定さで、中央には疑心暗鬼が広がりました」
「再会した時にごたついていると言っていたアレだな」
ルーメンは静かに頷いた。普通は口など挟まないが、俺の知っていることまで聞かなくてもいい。少し噂を拾っていけば、わかったことだ。
「それでも、降臨祭の後は貴方のおかげで少し持ち直せましたから、予定通り砂漠の国へと向かえました。それまでの間、私は何度かフェエルに総主教を打診されていました。いえ。はっきり言われた訳ではありません。けれど、付き合いの長さでそのくらいは判ります。私は自分の評判をよく知っていましたから、あくまでも猊下のサポートでいると固辞していました。フェエルの面倒を増やすのも嫌だったのもあります」
俺が向けた一瞬の疑問の顔を、ルーメンは見逃さない。
「ウィオレ総主教補佐がやっていたようなことを、フェエルもしていました。自ら儲けを出すために組織的に、とは違うと思いますが、人攫いから加護持ちをお金で買い上げていたのはそうです。そして、おそらく教団の運営上都合の悪いものは、自分で手を下していたはずです。すみません。それは、憶測でしか語れません。連れて行っても、話してもくれませんでした。けれど、私の命を狙った者やひどく痛めつけた者はいつの間にか消え、私の口座に大金が振り込まれている。そういうことがあれば、疑うなという方が無理ですよね?」
少しの動揺と、解消された疑問に、彼は薄く笑う。
「彼と仕事をしていれば、それも仕方がないと納得できました。猊下に憂いを回さないためなら、彼は汚れるのを厭わなかった。私は知っても、止めなかった。止めても無駄だったでしょうし。とても隠すのがうまい人でした。この目にもほとんど何も映りませんでした」
ふぅ、と息を吐き出して、ここからだというようにルーメンは少し目を伏せた。
「砂漠の国では猊下は少しはしゃいでいるようでした。気分転換になるならいいと、フェエルも余裕のある日程を組んでいました。そこで猊下の散策に付き合っていて、たまたま地元の『
フードとスカーフで顔を隠した侍女と馬で森に向かい、蜂に驚いたのか馬が暴走し、彼女もろとも森の中の窪地に落ちる。二人が大きなケガもせずにいられたのは、ルーメンの魔法のおかげだ。
その後、暗闇に怯えた侍女に請われて、ルーメンは彼女を抱いた。彼ならそうするだろうと、何の疑問も持たずに聞いていた。
「猊下でした」
「……は?」
するりと出た単語に、間抜けな疑問符を返してしまう。
じわじわと広がる不安に、ルーメンはけれど微笑みを崩さなかった。
「猊下が時々私を男性として見ているのは知っていました。彼女が普通の女性に憧れがあることも。けれど、さすがにそこまでするとは……できるとは思っていなかったのです。フェエルの目を誤魔化せるはずがないと。彼女は気づいた私に言いました「主は自分の気持ちを知っていた」のだと。「罪は自分一人のもの」だと。主が罰を与えるまで、目も口も閉じていろと」
ゆるゆると首を振って、彼は自分を嘲笑う。
「すでに猊下を穢してしまったことは覆せない。私は、猊下が猊下だと知りながら、もう一度彼女を抱きました。罪を確定させるために。罰を与えるなら、与えてみろと」
「ルーメン……」
思わず名を呼んだ俺に、ルーメンはまだだと微笑む。
「特に叱られもせず、罰も与えられず、何事もなかったかのように時間が過ぎました。ある日、フェエルに呼び出されるまでは。彼はとても怒っていました。あんなに怒りを表に出しているのを見たのは初めてでした。ただ、そこには、何でしょうね? 焦燥感? 何故という疑問? そんなものも混ざっていました。彼女が妊娠していると告げられて、まるで現実感が無かった私は彼女自身が何と言っているのかを問いました」
俺は、自分が告げられるかのように呆然としていた。そこで出てくるのは、ルーメンの名ではないのだと直感してしまう。それなら彼は公に断罪され、こうも苦しんでいないだろう。冷や汗が背を伝う。
ルーメンは少しだけためを作ってから、一息に吐き出した。
「彼女は、『神の子』だと主張しました」
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