番外編「懺悔」前編

※ジョットの結婚式を終えた後(未掲載。そのうち書くかも)。本編から約6年後のできごと。フォルティス視点です。



 何度も行っている、彼にとっては何でもない式のはずなのに、片付けまで終えてしまうとルーメンは小さく息をついた。まるで、肩の荷を下ろした時のように。

 それがどうにも気になって、何故気になるのかと自問する。

 ジョット君とは、代書や書類の運びなどを手伝ってもらってはいるが、彼には所詮商売上の付き合いであったはず。少なくとも、ユエさんが来る前は彼と知り合いだということも俺は知らなかったくらいだ。彼女が来て、一緒に波乱を呼んだ審問会を終える頃には、確かに彼も彼の特別なのだと知れたのだけれど。

 披露宴の場をそっと抜け出そうとしたルーメンを、ジョット君の母親が引き止めていた。珍しく逃げ腰で接しているのを見て、それにも「おや?」と思ったものだ。


「ルーメンは、ジョット君の親御さんを知っていたのか?」


 ひとりで考えていても正解には辿り着けない。考えるのを諦めて訊いてみた。


「……以前にジョットさんの故郷の主教の葬儀を引き受けまして。その時に、一度」

「ジョット君の故郷って……確か、ネブラじゃなかったか?」


 そうですと背を向ける彼を引き止める。まただ。何かが引っかかる。


「海を越えるようなところから、お前が? どうして、わざわざ」

「たまたまですよ。それが、一番早く葬儀をできると思ったので」


 彼ならそうできたのかもしれないが、周囲には全く理解されない理屈だな。


「……ルーメン。お前、ジョット君の父親を知っていたのか?」


 以前に、ジョット君の口から聞いていたので、ルーメンなら知っているかもとは思っていたが。あの時脳裏を掠めたことが少し現実味を帯びる。

 沈黙は長かった。


「――確証はなかったのです」

「なるほど。だから、確かめに行ったと」

「そういう、つもりでは……」

「それで。確かめられたんだろう? 何か不都合でもあったのか? ジョット君もパエニンスラに事務所を構えた。お前も簡単に仕事を頼めなくなるだろうし……寂しいとか残念とか言ってもいいんだぞ?」


 ふふ、と可笑しそうに笑う声がした。

 ようやく振り向いたルーメンはいつもの薄い微笑みを貼り付けて、やんわりと俺の手をほどく。


「寂しいなどと。彼の夢が叶ったのですから、お祝いこそすれ。でも、そうですね。確かに今までのように自分の仕事を押し付けることはできなくなりますね」

「……じゃあ、ついでだ、お前も来ないか? ユエさんたちもこちらにいるのだし」


 盗聴防止の魔道具を発動させて、何度も断られている誘いをまたかければ、彼は軽く首を傾げた。今回の結婚式で彼がパエニンスラ大聖堂うちに来てもそう問題なさそうだというのは判断出来ていた。

 中央の体制も、ウィオレ前総主教補佐の影響は薄れている。いきなり中央とはいかなくても、そろそろ監獄から出てもいいはずだった。


「私は――」

「彼は……フェエル総主教補佐の子だったのだろう? だから、陰ながら目をかけていた。それを、どうしてここで止める?」


 半ば賭けだった。

 俺はフェエル総主教補佐の顔をよく覚えていない。特徴のある顔ではなかったのもそうだが、彼は意識して目立たないようにしていた節がある。昔ルーメンが言った「怖い人」という評を忘れていなかったから、ルーメンの目に映るのは彼くらいだと思ったにすぎない。

 ルーメンは目を見開いて、誰もいなくなった聖堂を確認するように見渡した。

 それから、魔道具が発動しているにもかかわらず、眉も声もひそめる。


「……気付いていたなら、わかるはずです。知らぬ間ならよくとも、気付いてしまえば私は仇のようなものでしょう?」

「つまり、お前だけでなく、彼も事実を知ったということか」


 渋々というように頷くルーメンの気持ちは解らないでもない。

 だが。


「ジョット君はそうは思ってないぞ。彼女も。そんなのは『神眼』がなくともわかる。お前に判らないはずがない。まだ何かあるんじゃないか。頑なに表舞台に戻りたくない、ジョット君の傍に居てはいけないと思う、何かが」


 総主教と総主教補佐が亡くなった事件のことをルーメンの口から聞けたのは、彼がまだ入院していた頃だ。通達された内容より少し詳しい現場のことを話してくれたくらいで、彼の抱えていたことまでは話してもらえなかった。あの状況ではあまり突っ込むのも躊躇われた。

 もちろん、レモーラが居心地いいというのも本当なのだろう。

 だからこそ、そこで終わってほしくない。そこで広がった視野を、まだ外に向けてほしい。身勝手かもしれないけれど、俺は神官としてはほぼ完成されたルーメンと並んでみたいのだ。ずっと、それを目標にしてきた。

 ふっとルーメンの表情が冷たく固まった。その笑みは冷ややかな自嘲に満ちている。


「では、フォルティス大主教。私の懺悔を聞いてくださいますか。そうすれば、解ります。いかに私がこの場に相応しくないのかが」


 怯んではいけない。

 これを避けては、ルーメンは変わらない。自分たちの関係も、彼が変えてもいけない。

 大丈夫だと体の奥深くから声がする。彼の闇を覗き込む覚悟はとうにできている。

 俺は彼の流した前髪をかき上げて、その琥珀色の『神眼』を真直ぐ見つめた。


「聞こう」




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