第23話 KINGと玲奈

「よう、玲奈。…………なんだ、そいつは?新しい男か?相変わらずだな、おい」

 真夏にも関わらずカーキ色のコートを翻し、ガツッガツと重たそうなブースを踏み鳴らしながら、キングと呼ばれた男が歩いてくる。

 それを笹は、キングと玲奈を妨げるように前に出た。 

「笹先輩…………」

 玲奈のか細い声を聴きながら、笹はキングと目線を合わす。

 その鋭い眼光に怯みそうになるのを足に力を入れ、グッと堪えようとした時、

 キングが、舞うように跳躍した。

 大きく空中を歩くように飛ぶ。笹はその光景が理解できず、ただ見つめ、

 そして―――

「うっ!」

「笹先輩!」

 脳に電気ショックを受けたような衝撃が走る。手にヒンヤリとした感触を感じて床に倒れたのだと知った。

 右手で額を抑える。熱くどろっとした感触、そこにはペンキのように赤い血が付着していた。

「う、うわぁあああああああああああああああああああああ」

「たかがそれぐらいで大げさだな」

 心配そうに見つめる玲奈の顔越しに不敵な笑みを浮かべるキングが見える。手には銀に光る拳銃を持ち、銃底からは赤い雫が滴り落ちていた。

 それで殴られたんだと笹は理解した。

「キング、もうやめてよ!なんでこんなことをするの!」

 玲奈がかな切り声を上げて叫ぶ、

「相変わらずうるせぇ女だな。まぁいい久しぶりに1発と行きたいところだが、他に用がある」

「きゃぁあああ」

 キングが玲奈の腕をつかみ無理やり立ち上がらせる。

「小百合はどこにいる?」

「さゆ…………?」

 玲奈はどういうことだと思った。脳が現状を理解しようと高速で回転する。様々な思いと感情とがいりみだり、一つの答えが導き出された。

 小百合が呼んだのかと。…………どうして、どうして、寄りにもよってこんなやつを呼び出したんだ。玲奈の中に、怒りが沸々と溢れてくる。

「どこだって聞いてるんだよ!」

「あっ!」

 玲奈の右のこめかみから瞼のあたりに激痛が走る。あまりの痛さに膝が折れるが、万力のような力で腕を掴まれ、完全に倒れることが出来ない。

「さっさと答えろ!さもないと」

 パァン!と乾いた音が聞こえた。

「うっ、うぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!」

 笹の太ももに穴があき、溢れるように血が広がる。

「笹先輩!あああああああ、上です。さゆは上。屋上にいます!もういいでしょ!放してよ。笹先輩が死んじゃう!」

「ふんっ、さっと言えばよかったんだよ」

 キングはそう言って掴んだ玲奈の腕を放つと「小百合、今行くぜ!」と火薬の焦げる匂を残しながら、哄笑を上げて走り去っていった。

 玲奈は自分の右目を構わずに血が溢れる笹の足を抑える。でも、指の隙間から溢れるように血が噴き出していて、辺りはいつの間にか血の池のようだった。

「ああ、どうしたら、何か縛るものを…………あああ、」

 そんな玲奈に笹は、

「早くしろ。僕を殺す気か! さっさとやれ、くそどうしてこんなことに!」

 いまなんといったのか、玲奈は一瞬理解が出来なかった。いや、理解を脳が拒んだのだ、笹がそんなことを言うはずないと。だが、

玲奈が抑えていた手をはねのけて、笹が這い始める。

「なんでだ、なんでこうなった。くそあんなビッチに構わずに、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ」

 笹が一歩一歩進むたびに絵の具が伸びるように血が続くのを玲奈は呆然と見つめていた。

「小百合、あの女の騙されなければ…………くそ、くそ、くそ、くぅそぉおおおお」

 小百合、その単語を笹から聞いた時、玲奈の怒りが熱を帯びたように全身の血が沸騰したように感じた。殴られた右目は燃えるように熱い。

  玲奈の右目、ぶたれ額から血が流れ、赤くはれた瞼の奥、血が流れ込んだのかその瞳は赤い。

いや瞳が赤いのではない。黒い瞳に赤い花が咲いているのだ。

血で線を引いたような流麗な花弁がカールするような妖艶で綺麗な花。

その綺麗な花が咲ききった――――瞬間、爆発が起こる。

先ほどの銃など物ともしない、突如火花と爆炎が舞い上がった。

自身も吹き飛ばれそうになる爆風が吹き上がる中、玲奈は自分がそれをやったという事実を認識しても驚かなかった。それどころか、熱量が溢れるように全身が熱い。

 爆風が収まると、その影響を受けたのか、笹は床に手を伸ばした状態で動きを止めていた。

 玲奈はそんな笹にそっと近づいて、いまだに傷口から溢れる血を舐めとり、それを飲んだ。

 ああっ、なんて甘くておいしい。まるで笹自身が玲奈の一部になっていく感覚を感じて、玲奈はとろんとしてしまう。

 もう一口、もう一口と飲んで、玲奈の全身に笹が巡っていく、その思い出とともに。

「全部、小百合が悪い」

 玲奈はそうつぶやく、動かなかくなった笹の体を見つめてながら、

「私が仇を討つから」

 玲奈は立ち上がり、屋上へと、唇についた血を舌でなめとりながら、静かに歩き出した。

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