第3話 アイリスとスノードロップ
「ええっと、君は……」
先ほど、ヨハクの上で寝ていた少女だろう。どうやら起きてしまったようだ。
今も続いているドンドンドンドンドンという音で起きてしまったのだろう。まぁ、叫ばれなくて良かったと、ヨハクはほっとした。
「わたしは、アイリス種フェアリー。いずれ天使に至る妖精よ」
少女は、アイリス・シュ・フェアリー?とその花弁のように可憐な小さな手を茎のように薄っぺらい胸にあて、堂々とそう名乗った。
子供が精一杯、虚勢を張っているように見え、少女同様愛らしい。
日本語は流暢なようだか、どうやら名前からして外人さんらしい。奇抜だが、顔はお人形さんのように整っていて、とんでもない美少女だった。腰まで伸びている髪は紫に近い藍色に、メッシュのように前髪の部分だけが金髪だった。
そして瞳の色は、人ではありえない金色の虹彩をしていた。カラコンだろうか。
藍髪、金眼のお人形さんのように可愛い少女。
妖精よって、少女のその可愛らしい発言に思わず、微笑んでしまう。何かのアニメのコスプレかな?グリなら分かるかもしれないなとヨハクは思った。
名前が最初に来るから、
「え、えっーとフェアリーさん?でいいのかな。ええと部屋を……」
「ア!イ!リ!ス!」
「えっ?」
「フェアリーは、捨てる名前だから、どうせならアイリスのほうがいいわ」
そういい、つんっとアイリスと呼べといった少女は顔を背けた。
どうやら呼ぶ名前を間違えってしまったらしい。しょうがないだろう、外人の女の子と話したの今日が始めてなんだから!それに捨てる名前ってなんだよと心で愚痴をこぼす。
「そうなんだ、ごめんね。アイリスちゃん」
「まっ、特別にゆるしてあげるわ。これは特別よ、お花(スノードロップ)さん」
「ええと、そのスノードロップっていうのは、僕のことかな?」
「そうよ、私が手塩にかけて育てたのよ、感謝してよね」
あなたに育てられた覚えはありません!そう言いたかったが、大人げないのでヨハクは言わないことした。
「そうなんだ、それはありがとうね。でなんでスノードロップなの?」
「スノードロップ! 天使の髪飾り。雪のカケラ。長い花弁と短い花弁が3枚ずつついた白いとても可愛らしいお花なんだから!」
「いやその花(スノードロップ)自体は知ってるんだけどね」
これは困ってしまった。外人さんだからなのだろか、アイリスと会話がうまくかみ合っていかない。
ヨハクは辛抱強く「そのお花さんと僕とどういう関係があるのかな?」と聞こうとしたとき、バキリという盛大な破裂音がした。
「ああん、もうゆっくり話も出来ないわね。この害虫(ペスター)共が」
愛らしいアイリスの顔が、不快げに歪む。人形のように整った顔は、怒った顔もそれはそれでいいと思ってしまう。
バァン!と扉が盛大な音ともに開き、金属製の何かがヨハクの足元まで滑ってきた。
よく見ると、取っ手と蝶番のようだ。まさか、部屋の中から体当たりして無理やり扉を壊したのだろうか?なんでそんなことをとそちらを見やると、シューティングレンジがある屋上へと続く階段の手前、“415”号室から異形な男がぬっと出てきた。
「ォヴァオアアアア」
喉を震わせただけの、声とも呼べない呻き声をあげ、歩くたびにベチャリ……ベチャリ……という湿ったモップを床に叩きつけるような音がした。
「はぁ?なん、」
なんだ。という声を引っ込ます。こちらに気づかれたらまずい気がした。いや、まずいだろう。ヨハクの脳内にLIONで見た会話、画像、映像の数々がちらつく。
ドッドッドッドドッドドドッドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!と心臓がうるさいぐらいに高鳴り始めた。
異形の男、恰好からサラリーマンのようだ。薄汚れたワイシャツはその上から、掻きむしったかように破け、赤黒い何かがこびりついて汚れていた。
男のだらんとした頭がだんだんと持ち上がっていく。
急速に唇が乾いてカサついていくのヨハクを感じた。
不自然にあまたが持ち上がる。まるで力が入っていないかのように、頭が横を向いた状態の男とヨハクは目があった。
白目の部分は異様なほどに血走っているのに、瞳からは焦点が定まらない生気を感じさせない、死んだ魚のような目。それにヨハクは根源的な恐怖を感じた。「はぁはぁはぁはぁ」と息が荒くなっていき、まるで体から悪い何かを追い出そうとしているのか、額には汗が吹き出し、背中には冷や汗がつぅーと伝った。
目を合わせた濁った瞳が、にぃ~~~と笑った気がした。
「――――――――――――――――――――っ!」
ヨハクの心は悲鳴を上げた!なのに喉は震えず、足は地に根を張ったように動かなかった。
べちゃりと、べちゃりと、何かを滴り落たせながら、腕を振るいその反動で前に歩いているような遅い歩み。だが、確実にこちらに近づいてきている。よく見れば、男は顔半分は潰れ、眼球が片方飛び出している。ワイシャツが破れ、露出した肩は肉がそげ、骨が一部見える。振るわれる腕の指は、木の棒に適当に釘を打ったかのうようにめっちゃくちゃに曲がっていた。
人はこんな状態になっても動けるものだろうか。そんな意識がクリアで冷静なのに、体は他人の物のように動かなかった。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」と荒い息をするのが精一杯だった。
ブゥンッと、音がするほど、男が腕を振るった。血だろうが、壁や並列する扉に赤黒い何かが飛び散った。
逃げないと!そう思うが、体を動かすことが出来なかった。あまりの当然さに脳と体のリンクが切れているだろう。
ヨハクの頭にハイビームで突っ込んでくる車とその光の前にその場を動けずにいる狸。そしてその狸はそのままひかれてしまうのだ。
そんなどうでもいいことを思い出していた。
違うだろう。そうじゃないだろう。そんな心の焦りと裏腹に体は一向に動かない。
2~3m近くまで男が近づいてきた。俺もあの映像のように喰わてしまうのだろうか、喰われるそんな現代ではまず感じることのないだろう原始的な恐怖に、ヨハクの心は限界に達しようとしていた。
鼻水がたれ、目には、涙がうかぶ。
そんな極限状態のなか、ヨハクの鼻にふわりと、甘く爽やかな香りが抜ける共に、アイリスの藍紫の髪がさっと目の前を横切る。
白く輝く結晶と、何かが見えた。
結晶はどこかで見たことがある、白い雪のような何か。……“天使の涙”だ!
世界を覆う謎の異常気象。どこからともなく振りだし、触れることもかなわず消える雪に似たそれが、なぜここにあるのか。それに背中が大きく露出したワンピース、滑らかな背、肩甲骨のあたりから羽を思わせる光輝くなにかが生えていた。
羽がはためくたびに、鱗粉をまき散らすように、“天使の涙”が舞っていく。
最初は一つだった“天使の涙”はいつのまに無数に、ヨハクにまとまわりつくように舞っていた。熱も重量もないその結晶が体に触れると、じんわりと暖かな熱を持ち、まるで体に吸収されていくように消えていく───────直後、脳の、こめかみのあたりが痛み出した。
脳内に流れる映像。
“黒い服を着た人々の群れ。”
これは、これは悪夢だ。そうヨハクは思った。たまに見る思い出したくない母の葬儀の夢。
腕を振るうが、宙を掻くだけで、映像は消えない。場面はどんどんと進んでいく
“群れが割れ、黒い服を着た幼い自分は、黒い棺へと向かっていくのだ。
黒い棺の中、そこのなかだけが白い。白い衣装に包まれた、白い体の母。
自分は黒い、黒く染まってしまった。触れらないと思った。
途方にくれ、泣き出してしまうそんな黒く幼い自分。
母の口がかすかに開いた。声は出なかった。なのに、幼きヨハクにはハッキリと聞こえた。
『大丈夫だからね』と、
幼き自分は、それで自分には、右手には握りしめていた白(スノ)い(ー)花(ドロップ)があることに気が付いた”
……だんだんと映像が鮮明さと失い、カラーからモノトーン、そして唐突に消えていった。
なんとなくヨハクは右手をみた。そこにはアイリスの白く美しい手が添えられいて、
「なん、だこれ…………」
「構って!」
アイリスの一括に、ヨハクは我に返り、反射的にベレッタを構えた。
異形の男は手を伸ばせば届きそうなところまで来ていた。
かっぱぱぱああと、蛇が獲物を丸吞みするときのように大きく口が開かれ、血と肉を連想させる赤黒い塊が地に落ちた。
逃げないと!反射的に身をひるがえそうとするが、腰が回らない。みればアイリスが腰に腕を回してしがみついているようだ。
「アイリス、はなし、て────」
「そいつを撃って、天使(スノ)の(ー)髪飾(ドロ)り(ップ)」
アイリスの金色の瞳と目が合う。男とは違う光に溢れた綺麗な、綺麗すぎるほどに澄んだ瞳。こんな状況なのにニッコリと、花が咲き誇るように笑って言った。
「大丈夫、私を信じて、あなたとっ、ても強いんだから!」
少女の言葉に推される形で、ヨハクは光るベレッタの引き金を引いた。
ガスブローバック特有の反動が手に伝わり、銃口からBB弾が発射される。
バス、という乾いた音がなった。ガスで圧縮された空気が装填されたBB弾をはじき、まっすぐに飛んでいく。それは今にもヨハクを掴もうとする男の右腕にあたり、肘から先がパァンとまるでゲームのエフェクトのように、
効いた!そう分かった瞬間、「うわぁあああああああああああああああああああ」
とヨハクは夢中で、トリガー引いた。
バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、弾くごとに球が次々と飛び出していく。
一発、胸に着弾したBB弾が肺を
バス、バス、バス、
もう一発、腕に着弾して、左腕のひじから先がはじけ飛ぶ、
「うわぁああ!!!!!」
バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、バス、とひたすらに弾き続ける、
遅い! 普通の電動ガンのフルオートなら1分間で100発ぐらいは余裕で発射できるはずだ。
しかし、ヨハクの持つガスブローバックと呼ばれる種類のものは、ホンモノを意識して作られているため、わざと重量感と反動を持たせるように設計されており、装填数や連射性能などもホンモノと同じように作れているのだ。
マニアにはたまらないかもしれないが、この状況では不利でしかない。
「くそが!もっと早く出ろよ。倒れろよ!!」
バスっ!と偶然にも連射していたうちの一発が男の眉間を捉えた。
一瞬の硬直の後、濁った瞳と目が合った……気がした。後に、まるでゲームの敵キャラを倒したときのように残った男の体もろとも、雪(スノ)の(ー)欠片(ドロップ)となって爆散した。「やっりぃいい! 」
ほら、私の言った通りでしょと、少女に抱きつかれ、その勢いのままヨハクはその場に座り込んでしまった。
現実感があまりない。
静かになった空間、異様な男など最初から居なかったんではないかというように跡形もなく消え、ただ廊下には、男が着ていた薄汚れたワイシャツが、散らばっているのが唯一の名残といえる。
カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、
気づけば震える手がベレッタの引き金を引き続けていた。
ヨハクは慌てて、ベレッタから手を離した。
ゴンっ、という鈍い音ともに、ベレッタが地に落ち、慌てて拾おうとすると、一凛の
ヨハクは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を袖で強引に拭って、もう一度見やると、黒光りする黒い銃身のベレッタに戻っていた。
どうやら幻覚を見たらしい。
盛大に漏れるため息をつきながら、ヨハクは一体なんなんだよと泣きたくなった。
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